人類の運命は10万年前から決まっていたのかもしれない『私の恋人』上田岳弘

※本記事は多少のネタバレを含みます。

今のわたしたちは『行き止まりの人類の旅』の三周目を旅している。

こう突然言われたら、だれでも頭にハテナが浮かぶに違いない。

けれど、この作品と共に人類の歴史を辿って行くと、わたしたちはきっと、おそらく三周目の旅をしていて、そしてこの旅はいったいいつ「行き止まる」のだろうと考えさせられることになる。

10万年前にクロマニョン人として生まれた「私」は、その類まれなる想像力で、人類が辿る未来を予想し、シリアにある洞窟の壁に日夜書きつけていた。
それは「予知」などではなく、人類の特性やそれらを取り巻く環境をとことんまでに考えぬいた末に、ある意味で論理的に導き出された未来。

誰にも理解されることなく黙々と想像を書きつけた、一周目の「私」。
第二次世界大戦前のベルリンにユダヤ人として生まれた、二周目の「私」。
そして、現代に日本人として生まれた、三周目の「私」。

前世の記憶を持って生きるというのは、どういうことなのだろうか。

そして、この作品が俯瞰的視点にとどまらず、当事者としての臨場感を付加しているのが「私の恋人」の存在。
10万年前から探し続けている「恋人」はどこにいるのか?

そして、作品の要所要所に組み込まれる、人類の特性を的確に現した表現たち。

当の高橋陽平は、元よりどこか遠くに行きたいという冒険心を心の奥に秘めた子供だった。だが彼は成長の過程で、その願望を押し殺すというというほど大げさにでもなく、日常のやるべきことにまみれる内に、自然とやり過ごすようになった。 P61

人は過去を見て、未来を見て生きる。
「今」を生きられる人はそれほど多くない。
余命宣告でもされないかぎり。

強い共同体であるためには、相反する要素を自らの内部で戦わせ、研ぎ澄ます必要があった。その結果としてどの要素が強く出るかの違いがあるだけで、実はどの共同体もほとんど同じ活動をしている。 P96

国、企業、家族、そして自分。
これらはすべてここで言う「共同体」に入るのかな、と思う。

これまでの旅は、本当にあったことばかりだった。今も人類は三周目の旅を続けている。僕らは、もうすぐ彼らを生み出してしまうから、よくよく自分たちの立ち位置を把握していないと、全てを持って行かれてしまう。だから、誰かが、皆に注意するように呼びかけなくては。P99

この「誰か」になるために、上田岳弘は作家になったんじゃないだろうか。
彼の作品を読むわたしたちは、ちゃんと受け取らなくちゃならない。
たとえ一人にできることが限りなくゼロに近く、運命は変わらないとしても。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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