『SLY/吉本ばなな』
吉本ばななの世界の旅、第2弾。
やはり自分の目で見たものを自分の目線から書き綴るのと、物語の主人公に語らせるのとでは、幾分見え方が変わってくるのかもしれない。
舞台はエジプト。
病を患った男性と、その友人である女性と男性の3人旅。
そして、その友人たちは、どちらもその男性の元恋人である。
こんな複雑な関係を持った二人だが、吉本ばななの作品には「性」という境界線が自由なものが多い。
そして、性を超えた人間同士のつながりを描いている。
以前紹介した『王国/よしもとばなな』でも、それは同様だった。
リアルで、生々しくて、それでいて美しくて、純粋な性がそこにはある。
性と、生がある。
この本には、作者自身がエジプトの旅を通して見たことがありありと描かれている。
想像だけでは決してなしえない、詳細な描写が読むもののまぶたに映る。
旅の楽しみ方はそれぞれだろう。
彼女の旅の本には、食べ物がたくさん登場する。
しかも、現地の食べ物が、実に美味しそうに生命のみなぎりとともに描かれる。
ときにそれは、朝露の滴る色鮮やかな果物であったり、
ときにそれは、真っ赤に燃える炎のように熱を帯びた料理であったり、
ときにそれは、おばあちゃんがそのまたおばあちゃんに教わったようなほんのり甘いクレープであったりするのだ。
個人的に、食べ物が大切に描かれている本が好きだ。
なんだか優しい気分になれる。
入院した祖父を見て思う。
2年前に他界した祖母を見て思った。
食べるって、生きる喜びだ。
人間が強く生きたり、肉体や精神から弱っていく時、まず大きく左右されるのが食欲だ。
あと睡眠欲。
性欲はよく知らない。
古代の王たちがこぞって大きなピラミッドと建設し、自らを埋葬する準備をしていたエジプト。
その影響もあってか、エジプトには幾つもの神話があり、また霊的な空気感も存在する。
人知を超えた何かがある場所。
この本からは、エジプトのそんな一面を感じ取ることができる。
半分つくりもので、半分現実。
そんな位置付けの旅本があったっていいじゃない。
書いた人
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ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。
文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。
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