隣りに座る人のこと、思ったりしますか?『阪急電車』有川浩

電車というのは、不思議なものだと思う。
自分の成長に連れて利用する線も変わるだろうけれど、通学や通勤のように毎日定期的に使う電車が、特に思い入れもなかったような電車が、こんなふうに取り上げられたりすると、途端に自分勝手な懐古の情を抱く。

電車が入れ違う時にがたん! とけたたましい音を立てる窓。
ホームに鳴り響く音楽。
小豆色の車両。

阪急電車。
いま振り返って思うと、わたしの人生には多かれ少なかれこの電車で土地を行き来した思い出が存在する。
大学一年生の時には、阪急神戸線を使ってぎゅうぎゅうのラッシュアワーを切り抜けた。
大学二年生の時には、サークル活動後の飲み会を終えて、終電に駆け込んだ。
大学三年生の時には、午前で終わってしまった授業のあとに、空いた電車でのんびりと家へ帰った。

こんなふうに。

そして、わたしの祖父の家はこの映画の舞台にもなっている阪急今津線沿いにある。

電車はどこかとどこかをつなぐ役割を持っている。
けれど、この阪急今津線はどこかしらそれ以上の何かを持っているような雰囲気がある。

ここだけで完結した世界であるような。
けれど決して、排他的ではないやわらかで控えめな線。

そういう場所にも、人は確かに住み着いている。
線の特徴からして、この線を通り過ぎるだけの人はあまりいない(と思う)。

ここに住む人。
ここで学んだり、働く人。
ここに用があって来る人。

そういう人たちが、毎日決まった時間に、あるいはたまたま乗りあわせてそこにいる。
そんなふうに隣り合わせた人を、車両の端に立つ人を、もしくは見えない別の車両に乗った人のことを、考えたことはあるだろうか。

その人の暮らし、その日の体調、これから向かう先のことを。
無機質な電車の中が、途端に色づき始める。

そういう小さくて個人的なお話が集まり、少しずつつながっていく。
とてもあたたかく、恋がしたくなるようなお話でした。

【文庫】

【映画】

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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