最も誠実であり、最も悲しい最高傑作『夜はやさし』F・スコット・フィッツジェラルド

最も誠実であり、最も悲しい最高傑作『夜はやさし』F・スコット・フィッツジェラルド

夜はやさし(上) (角川文庫)
夜はやさし(下) (角川文庫)

第一次世界大戦後の1920年代に活躍したアメリカの作家たちのうちの紛れもないひとりとして勘定にいれられ、アーネスト・ヘミングウェイらと並んで「ロスト・ジェネレーション(自堕落な世代)」と呼ばれたF.スコット・フィッツジェラルド。
代表作といえば、もちろん『グレート・ギャツビー』である。

一年と少し前に『グレート・ギャツビー』を読んだ時、いまいちぴんと来なかったことを覚えている。
世界的名作と言われている作品の良さを感じ取れなかったことに、悔しさを覚えた。
きっとその良さをわかるための精神的成熟が十分ではなかったのだろう。(そしておそらくはいまだに)

それからスコット・フィッツジェラルドの作品をいくつか読んだ。
主に短編を。
そして、彼の最後の長編『夜はやさし』にたどり着いたのだ。

※本記事は引用を含みます

この作品は「未完成」と呼ばれることが多い。
それは第一に、技術的に未完成であったということと、その中に息づく精神的なものが未完成であったという点の大きくふたつに分けられるのではないかと思う。

『グレート・ギャツビー』の成功から九年。
長い時間をかけて書かれた『夜はやさし』には、作者も強い思い入れがあった。
けれど、世間の反応はそれに反して冷ややかなものだった。

その頃、スコット・フィッツジェラルドという人物は世間にとってすでに「過去の人」であり、作品は売れなかった。
妻ゼルダの精神病院の費用、娘スコッティーの学費を稼ぐため、スコット・フィッツジェラルドは不本意ながらハリウッドのシナリオを書き散らしていた。
結局のところこの作品は彼の存命中には正当な評価を受けず、彼の死後になって、おそらくは「その悲劇的な人生とセットで」愛されるようになる。スコットは失意のうちに四十四歳の若さで心臓発作で急死した。

彼は『夜はやさし』が不評だった原因として、その構成に思い当たった。
世間からの評価に腐らず、きちんと分析をして修正を試みるところがスコットの小説家として誠実な面であると言える。
そして、第一の「未完成」の要素である構成的な部分の修正が試みられる。
残念なことにその作業中に彼は亡くなってしまい、代わりに文芸評論家マルカム・カウリーがスコット・フィッツジェラルドの遺した指示に従って編集したものが、今回わたしが読んだ角川文庫版のそれだった。
オリジナル版は第一部と、第二部の前半がほとんど入れ替わったつくりになっているというから、また違った趣があるのだろう。
また、2014年には新訳も出ている。今回読んだものは半世紀以上も前に訳されたものであるから、いわゆる「翻訳の賞味期限」のようなものは過ぎてしまっているのかもしれない。

それでも、この作品はわたしの心にずしりと突き刺さり、深い傷跡を残し、そしてどういうわけかそれを癒やしていった。

「未完成」の第二の点であるところは、『優雅な生活が最高の復讐である』を読了していたからこそ見つけられることなのかもしれない。
スコット・フィッツジェラルド自身は、この作品に登場するディック・ダイヴァー、ニコル夫妻を、実在するマーフィー夫妻をモデルに書いたとしている。
けれど、上記のマーフィー夫妻の実際のエピソードの数々を見る限り、その精神性において『夜はやさし』のダイヴァー夫妻とマーフィー夫妻に似通った点はあまり見られない。
もちろん人の精神性は完全には読めないものである。
しかし同じことはスコット・フィッツジェラルドにも言えたはずだ。
フィッツジェラルドは、『夜はやさし』のモデルをマーフィー夫妻に置きながら、実際のところその精神性を自分と、妻ゼルダにすっかり置き換えてしまった(ように見える)。

おかげでダイヴァー夫妻はその見かけの優雅さと、内実との間に奇妙な歪みを持ってしまう。
そして個人的な意見を言ってしまうと、その「歪み」こそがこの作品に奥行きを持たせている気がしてならない。
ある意味で自虐的とも言える、主人公ディック・ダイヴァーの自己破壊。
若い恋人ローズマリーとの出会い、精神病から回復した(かのように見える)妻ニコルとの関係は鮮やかで、美しい。

けれど、彼女たちから見たディックの姿は、目に見えて色あせてゆく。
肉体的にも、精神的にも。

そこには抗いがたい時間の経過がある。
ディックは確かに魅力的な男だった。
その見た目も、中身も。
けれど同時に、脆さのようなものも自己の中に住まわせていた。

彼は、チューリッヒの真夜中どきに、街頭の光の向こうに見えるよその家の食器部屋などをじっと見つめながら、自分はいい人間でありたい、親切で、勇敢で、賢明でありたい、だがそれはいかにもむずかしい、などとしょっちゅう考えていた。そしてまた愛されたいとも考えた。もし自分がそれにふさわしい人間であるならば、と。
(上)P46

なによりもまず勇敢で親切でありたいと望みながら、それにもまして、愛されることをいっそう強く望んだのだ。いままでもそうだった。 (下)P254

そう、彼は確かに「勇敢」で「親切」で「賢明」な人間だった。
そして確かに「愛されたい」と考えてきた。人々は実際に彼を「愛していた」のだ。
それが崩壊するまでは。


夜はやさし(上) (角川文庫)


夜はやさし(下) (角川文庫)