小さいけれども、確かな幸福『うずまき猫のみつけかた』村上春樹


村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた (新潮文庫)

村上春樹といえば「小確幸」である。
そのように言ってしまっても過言ではないほど、この三つの漢字の並びは村上春樹氏の生き方、考え方、物事の捉え方をよく表わしている。

「小確幸」というのは彼の造語であり、この言葉が広辞苑に載ることを村上春樹氏は目指しているみたいだけれど、まあなにはともあれ素敵な言葉である。

村上春樹氏の作品には、人の心の奥深くに訴える確かなものが存在する。
精神分析学のようなものを、天然で身につけていると言ってしまってもいいかもしれない。
河合隼雄氏と並んで、現代人の精神にもっとも必要なものを持っている人だと個人的には信じている。

そんな彼の作品には、深く暗い闇のようなものも確かに存在する。
それはある意味で書き手や読み手を癒すと同時に、蝕んでいくような性格をも持っているように思える。

それでも村上氏が書き続けられるのはなぜか。
その理由のひとつは紛れもなく「肉体的な健康」である。走ること、早寝早起き、節制された食事。

健全な身体に黒々と宿る不健全な魂だってちゃんとあるのだ―と僕は思う。P11

このように彼自身が述べているとおり、良い文章を書くには肉体的な健康が欠かせない、と信じている。

そして理由のもう一つが、「小確幸」に表される彼の生き方であると思う。

生活の中に個人的な小確幸(小さいけれども、確かな幸福)を見出すためには、多かれ少なかれ自己規制のようなものが必要とされる。たとえば我慢して激しく運動した後に飲むきりきりに冷えたビールみたいなもので、「うーん、そうだ、これだ」と一人で目を閉じて思わずつぶやいてしまうような感興、それがなんといっても「小確幸」の醍醐味である。そしてそういった「小確幸」のない人生なんて、かすかすの砂漠にすぎないと僕は思うのだけれど。 P126

のんびりと散歩がてら近所のパン屋に買い物に行って、ついでにそこでちょっとコーヒーを飲みながら焼きたての温かいパンを手でちぎってかりかりと齧るのは、僕にとっての「小確幸」のひとつである。 P165

この人は、その名声とはうらはらに、いつも謙虚である。
それに多くのものを求めないし、期待もしない。
そのかわりに、自分のサンクチュアリのようなものを確固として持っている。
それが彼の強さのようなものにつながっているのではないだろうか。

加えて、故・安西水丸氏の挿絵、奥さまの陽子夫人の写真が文章に彩りを添えていることも書き加えねばならない。


村上朝日堂ジャーナル うずまき猫のみつけかた (新潮文庫)

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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2 thoughts on “小さいけれども、確かな幸福『うずまき猫のみつけかた』村上春樹

  1. コウノトリの噛み痕 より:

    真夜中ドラマ『名建築で昼食を』第5話「目黒区総合庁舎」を観ていましたら、乙女建築に魅了される建築模型士 植草千明が、行きつけの純喫茶でサンドイッチを頬張り、『少確幸』という言葉をつぶやいていました。

    初めて耳にする、目にする言葉。

    気になって調べていましたら、ちひろ様のこの読書感想文へとやって来ました。

    『小さな幸せ』と、『小さいけれども、確かな幸福』。どちらも同じことを言っていて、たいした違いはないように見えますが、ぼくは、『確かな』と入っているほうが好きです。

    ちひろ様が紡ぐ言葉も、ちひろ様が書かれた言葉たちを読む楽しみも、亦然り。

    また、おじゃまします。

    1. ちひろ より:

      コウノトリの噛み痕さま

      お越しいただき、ありがとうございます。
      「小さな幸せ」と「小確幸」の比較、うーんと考えさせられました。
      コウノトリの噛み痕さんのおっしゃるとおり、前者よりも後者のほうが私も好きです。

      前者は幸せの小ささにどこか妥協しているような、前向きに諦めている感じがあるのですが、
      後者は、その幸せの小ささにこそ確かなものがあるんだ、と噛み締めて「これこれ」と唸っている感じがあって、とても健全な気持ちになれます。

      ぜひまたお越しください。いつでもお待ちしています。

      ちひろ

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