ケースで見るよりも全体で見る『こころの処方箋』河合隼雄

こころの処方箋

「この人たちがいなければ、日本人の魂はもっと悲惨なことになっていたかもしれない」
と思う人が二人いる。

一人は村上春樹さんで、もう一人が河合隼雄さん。

村上さんは、河合さんとの関係をこう綴っている。

僕がそのような深い共感を抱くことができた相手は、それまで河合先生以外には一人もいなかったし、実を言えば今でも一人もいません。「物語」という言葉は近年よく口にされるようになりました。しかし僕が「物語」という言葉を使うとき、僕がそこで意味することを、本当に言わんとするところを、そのまま正確なかたちで、総体として受け止めてくれた人は、河合先生以外にはいなかった。そういう気がします。
魂のいちばん深いところ ー河合隼雄先生の思い出ーより

河合さんの著書を読んでいると、不思議な感覚にとらわれることがある。
それは、河合さんが心理学について語る時、そこに「判断を下していない」と思うからである。

河合さんといえば、ユング心理学の第一人者として、日本で箱庭療法を普及させた人物だ。
もちろん、彼の主張ややり方には、理論があり、数字があり、法則のようなものがある。

けれど、河合さんは、目の前のクライエントと話をするときにほとんど自分の判断や考えを差し挟まない。
むしろ、そうすることで患者との関係を築くことができなくなるとでも言うように。

患者の状態をしっかり見つめ、自分もそこにきちんと含まれることで、より深い段階へと降りてゆく。
しかし、患者の精神に引きずり込まれることは決してない。
ゆるいように見えて、強い魂を持っているからだろう。

『こころの処方箋』では、小さなテーマをもとに、素人でもわかりやすく心理学を考えている。
一つのテーマにつきわずか4ページほどの中で、河合さんは決して押し付けがましく話すことなく、ある時はちくりとわたしたちの心を刺し、ある時はふっと肩に入った力を抜いてくれる。

本書は二十五年も前に書かれたものであるが、間違いなく現代にあてはまることが多くある。
特に、子どもの心の動きは、四半世紀前も今も、同様に現代社会の割りを食っているようなのだ。

心のなかの自然破壊という場合、この少年、この家族、にのみ限定して考えないことが大切である。現代人の心全体の状況として、そのようなことが生じており、たまたまある弱い部分に、いろいろな他の条件が作用して災害が生じるのである。われわれは、個々の場合について、詳しいことを知らぬままに論評するよりも、われわれ全体の状況のひとつの顕われとして受けとめた方が、よほど意味があるように思う。 P40

ある子ども(大人でもいいのだけれど)が何か悪いことをした時、あるいは不登校など、社会的にあまり歓迎されない状態に陥っている時、我々の多くはその直接的な原因を見つけようとする。
どうして彼/彼女がそのような「普通ではない」行動に出るのか。その原因を明らかにしないことには不安でたまらないのだ。
そして、それが自分、あるいは自分の子どもの特性や環境といかに違っているかを確認し、しばし安堵する。

彼/彼女は社会の異分子として認識し、いかに自分たちから切り離すかに躍起になるのだ。

けれど、わたしたちの多くは気がつかない。あるいは認めようとしない。
その行動が、社会全体が生み出したものであり、その社会には否応なく自分たちも含まれているということに。
自分たちにも責任はあり、そして「普通ではない」行動を次に起こすのは自分かもしれないということに。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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One thought on “ケースで見るよりも全体で見る『こころの処方箋』河合隼雄

  1. 磯辺 建臣 より:

    60年前 中学時代 恩師の一人が 言った。人は一人では生きていけない。
    小指が路上に落ちているとする。誰もがウインナーソーセージだと思う。手についてるからこそ小指である。。。
    記憶に残る面白い先生でした。

    漢文が必修科目から消えて50年。
    武士は論語から武士道を生み出し 庶民は寺子屋、塾から道徳を学んだ。明治の偉人は論語を座右の書とし あらゆる行動に役だてた。
    漢文学 復活を望む。

    相続税の原点。。。など。。。に共有 共通 共感できる内容でした。

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