道を信じる力は現代人を救えるか『武士道』新渡戸稲造

武士

ああ、前の五千円札の人。
わたしの新渡戸稲造への認識とは、その程度のものだった。

けれど、ある時に彼の著書『武士道』の冒頭を目にする機会があり、うむむと考えさせられてしまった。
その冒頭部分とは、新渡戸稲造がベルギーの法学者宅を訪れた際の以下のようなやり取りである。(現代語訳バージョン)

「日本の学校では宗教教育がない、ということですが」と、尊敬する老教授は尋ねた。私がそうですと答えると、教授は驚いて足を止め、容易には忘れがたい口調で、「宗教がない! 道徳教育はどうやって授けられるのですか」とくり返した。 P13

この教授の意見は、確かに的を射ている。

つまり、「道徳」などという法的拘束力のないものを子どもたちに教える際、宗教への信仰心を用いずしてどうしてその心を教えるのか、ということだ。

宗教を信じているものは、罪を犯そうとすると良心がとがめる。
それは神に背く行為になるからであり、その背徳心が人に道徳を教え、守らせる。

日本の場合、道徳だとか信仰だとかいう領域には、さまざまな力が働いていたとよく言われる。
それは、日本人が自然に宿ると長く信じていた「八百万の神」であったり、それがわからない歳でも、近くの大人たちから道徳を教えられてきた。
だから、日本には特定の宗教がなくとも道徳が守られてきたのだという主張もある。

少し話がずれるが、現代人には道徳心が希薄であるとよく言われる。
それは、核家族化と地域コミュニティの崩壊によって、大人たちから道徳を学ぶ機会が減ったということがひとつある。
そして、もっと悪いことに、親さえも子どもに教える道徳を自分の中に持たないという状況も、多く存在する。

新渡戸稲造は、日本人の道徳観念形成に大いに役立った要素を、「武士道」の中に見つけた。

新渡戸がこれを書いたのは1899年である。
優に百年以上前のことだ。
それでも、新渡戸は当時の日本社会における道徳体系の崩壊について触れている。

このように金銭と金銭欲を極力無視したので、武士道は金銭に起因するさまざまな弊害にとらわれることはなかった。これは、わが国の役人が長く腐敗を免れてきた事実を説明するに、十分な理由である。しかし、ああ! 現代には、金銭支配がなんと急速に蔓延してしまったのだろうか! P112

金第一主義。
これは、まさに百年経った現代でも我々を支配している大きなものの一つである。

江戸が終わり、明治の到来と共に、海外文化が雪崩れ込んできた。
それは明らかに日本人の心に大きな影響を与えたが、新渡戸はあくまでも日本人が主体的に新しい文化を学び取ったと主張する。
この点が、第二次世界大戦後に起こった受け身な文化的洗脳と一線を画する点かもしれない。

そして、新渡戸は誤解の多い「武士」のふるまいについて、海外の人に説明するために、武士道の精神について英語で本を書く。これがこの『武士道』だった。

本書では、「武士道」について重んじられている考え方を体系だてて解説してゆく。
そして、おそらくいささか美化されたサムライの精神を用いて、武士の行動を説明しようとする。
切腹、忠義、感情の抑制、女の地位など、その説明は多岐にわたる。

その正しさはさておき、当時の武士たち(幼子も含む)が武士道を信じる心の強さには、目を瞠るものがある。
新渡戸は、その武士道の厳しい考え方は封建制度の崩壊とともに消え去ってしまったように感じるが、それでもこれからも日本人の心に息づいていくだろうと、希望的観測を述べている。

それから百年以上が経った。
現代のわたしたちの精神はどうだろう。

サムライの精神という時代遅れの観念を押し付けるつもりはないが、現代人には彼らのように「何かを信じる」力が不足しているのではないかと思う。
それも、神を絶対的に信じるといったような、思考停止型の信仰ではなく、自分の信じる道を貫き、そのために命をかけて生きるという「信じる力」が。

この、「信じるべきものの不在」こそが現代人の弱さであり、不安を煽り、人を狂気へと駆りたてているのではないだろうか。

新しい宗教がどんどん出てくる世の中こそ、何もかもが信じられないこの世で「何か信じられるものがほしい」と思う人々の心を代弁してはいまいか。

単にその場しのぎの信仰ではなく、自分の人生を通して信じられるものが、人には必要なのではないか。

八百万の神や仏教がかつてほど力を持たなくなり、親をはじめとした周りの大人たちの影響力も薄くなった今、わたしたちが信じられる道はなんだろう。

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ちひろ
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