結婚がしたいのか、子どもがほしいのか『トリアングル』俵万智

結婚と子ども

結婚と子ども。
このふたつは、セットで語られることがかなり多いように思います。

今の日本のシステムで言えば、たしかに結婚して、基本的には両親が揃っていて、子どもがふたりくらい、というのが一般的なのかもしれません。

でもきっと、このふたつはぜんぜん違う。

どうして結婚したいんだろう?

好きな相手と一緒に暮らしたいから?
それなら同棲でもいいじゃない。

何か目に見える「確約」がほしいから?
紙で契約して、指輪で縛って。
(決して結婚反対派ではありません)

周りの目が?
まあ、こういう理由もありなんでしょう。

でも、その結束を強くするための子ども、という図式には疑問を覚えずにはいられない。

もちろん、結婚にも子作りにも、それぞれの考え方があっていいと思う。
家庭の事情やなんやかんやもあるだろうから。
だから今からお話するのは、完全に「今の」「わたしの」価値観。

子どもを産むのに理由なんていらない。
子どもというのは、好きなひとがいて、そのひとと自分の遺伝子を受け継いだ子どもに会いたいと思って、それにものすごい幸運が重なって、その結果として産まれるんだと思う。

でも、この『トリアングル』は、究極的に「結婚」と「子ども」を分けて書いている。

主人公は、三十代前半の女性。
彼女は独身で、ライター。

そして彼女には、関係を絶ちたいわけでも、進めたいわけでもない一人の男性がいる。
彼女は彼を愛していて、その事実だけでもう満足しているように見える。
彼には妻子がいるけれども、だからこそ、この宙ぶらりんな関係にうまくバランスが取れる。

彼との関係を続けながら、もう一人の年下の男性とも付き合っている。
その年下の男性は、二人の関係を進めようとする。ごく自然に。

それに戸惑う主人公。

彼女の混乱、そして静かな思考を観察しているうちに、読者はうーんと考えさせられることになる。

結婚とか、そういう形にこだわるのって、愛とは別なところにあるのかもしれないな、と。

解説のところで、松尾スズキさんはこんなふうに書いている。

突然ですし、私の話ばかりですが、私は結婚はしましたが子供を作るつもりはありません。人生がつらいからです。

これには、正直言ってすごく共感してしまった。
そしてこう続く。

多分、まったく俵さんと逆ですね。

俵万智さんは、「あらかじめ計算された」シングルマザーだという。
つまり、結婚はしないけれど、子どもは産んだ。

そういうのって、どんな感じなのかな、と思う。
そしてこの小説の中で、俵さんはおそらく自分の信念みたいなものを主人公に語らせている。

それが妙に説得力があって、不倫とかしているんだけれども、結婚の制度とかそんなもののほうが実は薄い関係で、つまり主人公のしていることが一概に「悪い」とは言えなくなってくる。

わたし個人としては、面倒事がなによりも嫌いだし、恋愛にもさほど興味がないから、不倫とは縁がない人生を送りそうである。

でも、社会的生活とはまったく別なところで、人間と人間の一対一の恋をしてみたい、と思う。
それがこの主人公のように、静かな安心感であっても、燃えるようなものでもいい。

立場も年齢も、何も関係なくなるような、二人だけで何もかもが完結するような恋。

ちょっと憧れるなあ。

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