工場見学ってわくわくしませんか『日出る国の工場』村上春樹/安西水丸

工場見学

村上春樹氏と安西水丸氏のコンビがかもし出す、「ちょっとふざけたゆるい感じ」というのは、他のどのコンビにもない独特の空気がある。

この本は1987年、今からちょうど30年前に刊行されたわけだけれども、やはりなんというか全体として「画一的製品」を眺めている感じがすごい。みんな聖子ちゃんカット、みたいな。

工場とは、おなじものをひたすら効率的に作り出すことで経済効率性を上げることを目的としている場合が多い。
工場第一主義の高度成長期からバブル期くらいにかけては、工場でものをつくり、どんどん消費し、それが豊かさの象徴だった。

それが2017年の今にいたるまでに、環境への配慮が追加され、デフレが生じ、「多様性」が今もつぎつぎと量産されている。
そういう意味合いにおいては、今は日本全体、世界全体が「多様性の工場」みたいなものかもしれない。

しかし、もちろん今もどんどん機械化は進んでいるとはいえ、ひたすらに製品を作り出す工場にある種の「純粋なあこがれ」のようなものがあった時代は過去のものになったように感じる。

価値観は多様化し、生き方は枝分かれし、何もかもが複雑化した社会に私たちは住んでいる。

必死で生きていても、
何かを生み出しているのか、すり減らしているのか、
進んでいるのか戻っているのか、あるいは立ち止まっているのか。

日々のベクトルのようなものを見失うことも少なくない。

そんな時、工場でつぎつぎ製品が生み出される光景に、なんとなく惹かれることもあるかもしれない。
30年前の村上氏と水丸氏がどんなことを思っていたのかはわからないけれど。

本の趣旨はいたってシンプルで、「工場見学をしてみましょう」ということである。

彼らが訪れた工場は以下のとおり。

  1. 人体標本工場
  2. 結婚式場
  3. 消しゴム工場
  4. 酪農工場
  5. コム・デ・ギャルソン工場
  6. コンパクト・ディスク工場
  7. アデランス工場

どれもそれぞれに特徴があって面白いのだけれど、工場で働く人たちが自分の仕事に誇りを持って(たぶん)語る様子と、素人である二人が突っ込んでいくのがさらに面白い。

たとえば「結婚式場」なんて、それぞれのオンリーワンの式になりそうなものなのに、だいたいがパッケージされていて、あとからいろんなオプションを追加していく形になる。
ここにもなんとなく「通例」みたいなものがあって、みんな結婚式なんて初めてなものだから(多くの人は)、スタッフのアドバイスどおりに段取りを決めていく。
そうして「製品としての結婚式」のできあがり。

わたしは個人的に結婚式とか二次会パーティーに行くのが好きではない。
祝いたい気持ちはあるのに、どうもうまくそこに照準を合わせることができない。

「出席者らしい態度を取らねば」と思うあまり、なにがなんだかわからなくなって、ちっとも楽しめない。

「結婚式なんて、二人を祝うために行くのであって、お前は楽しむことなく金を出してそこに座っていろ」という意見もあるかもしれない。
それも正しいかもしれない。

けれどもしわたしが結婚式を開くとしたら(来世になるかもしれない)、出席者になにより楽しんでほしいと思うだろうし、多くの夫婦はそうだと思う。

だからわたしは、自分が行って楽しめないのなら、呼んでくれた人にも失礼にあたると思っている。
そういうわけで結婚式には行かず、お祝いだけを送ることにしている。
(本音を言うと、堅苦しい場所に堅苦しい格好をして行くのが大変きらいなのだ)

話がそれたけれど、結婚式がどうして苦手なのかわかったような気がする。
結婚式は、「オンリーワン」であるふりをして、「工場製品」であるという側面が強い。

だからそこでの自分のふるまいや雰囲気に、強烈な違和感を感じてしまうのだ。
そういうパッケージ的やり取りが、村上氏の豊かな想像力によって面白おかしく再現されている。

こんなぐあいに、かつら工場だったり、酪農工場だったりを独特の視点でレポートしてくれます。
そして日本人的な仕事観みたいなものが見えてくる。(と言ったら言いすぎだろうか)

日本人というのは本当に愛おしいくらいよく働く人種ですね。
よく働くし、仕事そのものの中に楽しみや哲学や誇りや慰めを見出そうと努めている。(まえがきより)

時代のダイアルをひとつぶん前に戻したような体験ができた本でした。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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