いつかの思い出と生きる今を『日の名残り』カズオ・イシグロ

日の名残り

カズオ・イシグロ氏三作目の本作は、ブッカー賞に輝いた氏の出世作である。

氏の特徴である「語り」を中心に、時系列を飛び越えた一人の人間の様々な回想、それにつながる思いが読む者の心をじん、と打つ。

自らを「品格ある」執事と呼ぶスティーブンスは、決して自分の領分を超えることなく、あくまでも執事としても控えめな態度を貫いたまま、自分なりの信念を崩さずにいる。

それは、かつての主人であったダーリントン卿の前でも、新しいアメリカの実業家ファラディ氏の前でも変わることはない。

善き執事とは何か?
スティーブンスは常に怠ることなく、自分の信じる執事像を奢りなく果たしている。

かつてスティーブンスが仕えたダーリントン卿は、イギリスの中でもかなり家柄の高い人物だった。
彼の住む大きな屋敷では、各国の主要人物たちが外交の重要な決め事を交わしていた。

直接的ではないにせよ、そこで客人をもてなす執事の役割は、自然と重いものになる。

そこでスティーブンスは、錚々たる面子に仕える執事仲間との議論も楽しんでいた。
伝統と格式が重んじられる場所で、自身の信念を持つ者同士がぶつけあう本音。

いつの時代にも変化はつきものだけれど、今の時代にはない「積み重なる何か」があった時代のことだ。

今ではダーリントン卿は屋敷を去り、スティーブンスはダーリントン・ホール(屋敷)を購入したアメリカの実業家のもとで働いている。
新しい主人はいかにもアメリカらしく、成功と自信のオーラをまとった、気のいい人物なのだ。

彼にそれなりの好意と忠誠心を抱きながらも、どこかで過ぎ去りし時に思いを馳せている。

それは年齢ゆえの郷愁だけなのだろうか。
いや、なにもかも変わってしまった現代の世界全体において、過去へのそこはかとない親しみと諦めのような気持ちがそこにはあるように思える。

民主主義が台頭し、誰もが職分を超えた、文字通り「世界観」を求められる。
新しい世界への自由な高鳴りと、それゆえの切なさ。

一人の優秀な執事の思いは、「あの頃」を生きなかったわたしたちの胸にも、痛みと優しさがないまぜになったような気持ちを想起させる。

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