世間の流れと自分の信念との狭間で『浮世の画家』カズオ・イシグロ

浮世の画家

カズオ・イシグロの二作目。
先日お伝えした『日の名残り』の前作ということになる。

実は彼のデビュー作をまだ読んだことがないのだけれど、これまで読んだのは『日の名残り』、『わたしを離さないで』、『忘れられた巨人』の三作。

個人的に一番好きなのは『わたしを離さないで』かな、今のところ。

二作目の本作は、次の『日の名残り』に通ずるような、主人公の「語り」と過去への想いが特徴になる。

時は戦後の日本。
戦争の前後というのは、国家単位でも個人単位でも価値観が変わるものだけれど、画家である小野の場合もそうだった。

かつて小野は、風俗画家であることをやめて(つまり、浮世の画家であることをやめて)、画家として日本の精神的な部分を表していくことが大切だと信じ、それを形にしていった。
彼は名を馳せ、街では主導的な立場を取るようになる。

しかし、戦争が終わり、何もかもが変わった。
家族や弟子でさえも、変わっていくように見える。

「語り」で明かされる彼自身の語る過去、今の状況はひどく曖昧なのだ。
そもそも記憶というものは曖昧であり、おかげで事実は遠く離れていく。

そしてその曖昧さも含めて、彼の見た、感じたものごとが描かれる。
それはある意味で真実であり、同時に不安定で脆い過去の画にすぎないのだ。

その脆さにこそ、鮮やかな世界が息づく。

この作品と、次の『日の名残り』でこれだけ主人公に記憶を語らせ、語ることで主観の中の客観性を獲得し、『わたしを離さないで』で見事に花開く。

カズオ・イシグロ氏は年数をかけて長編をじっくり書くタイプの作家だ。
その間に横たわる何年かに、いつも着実に力をつけ、世界を広げて帰ってくる。

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