うんざりするほどの少年ホールデンくんのこと『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』村上春樹/柴田元幸

翻訳

シリーズ第2弾ということになるのだけれど、今回は前回『翻訳夜話』とは全然様子が違う。

いわゆる翻訳をするときのあれこれ、ではなく、
特定の作家(J.D.サリンジャー)の特定の小説(The Catcher in the Rye)の翻訳について、二人の翻訳者が語っている。

一冊の本を訳す過程で、本が一冊できてしまうのだ。

『The Catcher in the Rye』という小説がいかに難解で、つっこみどころも満載で、それでいて時代を超えて多くの人を魅了し続ける名作であるかを物語っている。

この本は、壮大な「解説本」であると言えると思う。
でも同時に、なにひとつ「解説」をしていないとも言える。

このまわりくどさは多少ホールデン的かもしれないけれど(笑)、この翻訳者二人はそんな話し方をする。

「ここはこういうふうにも見て取れますね」
「ここはあるいは、こういうことの影響かもしれない」
「この人は、小説的にこんな効果を出していると僕は思う」
「ところで、ここは結局なんだったんでしょうね」

こんな具合に、あらゆる可能性を残したままで会話は進行していく。
彼らもきっと、ホールデンくんの「核心を避ける」ような姿勢に影響されているか、あえてリスペクトしているのかもしれない。

ホールデンは自分そのものに関しては、ほとんど直接には語っていないんですよね。自分とだれかとの関係性とか、自分と何かとの位置関係に関してはものすごく能弁に、とても細かくしゃべるんだけど、自分というものの本質とは何かみたいなことになると、実質的にはほとんど何も語ってはいない。P154

けれど、ほとんど確かなことがひとつ挙げられている。
それは、「ホールデンはサリンジャー自身とかなり深いところでリンクしている」という事実。

これは、小説を読むだけでは到底理解できない。

作者の背景を知ることで色褪せる小説もあれば、逆にヴィヴィッドに物語が動き出すものもあるが、キャッチャーの場合は間違いなく後者だと言えると思う。

ホールデン的心理状態は、決して誰でも陥る類のものではない。
けれど、どういうわけかわたしたちはこの物語に惹きつけられる。

残り少ない夏、サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読みながら過ごしてみてはいかがですか?

キャッチャー・イン・ザ・ライ

村上春樹訳が何と言っても好きだけれど、野崎孝訳のほうが馴染みの深い人もいるでしょう。

みなさん、よい夏休みを。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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