幸せっていうのはな、『うたかた/サンクチュアリ』吉本ばなな

海

吉本ばななが読みたくなる瞬間というのがある。

それはわたしにとってある意味で「心の健康バロメータ」みたいなところがあって、
彼女の書いた文章が読みたくなるときは、
「なんだか人間ってやつに疲れちゃったなあ」というときが多い。

他にも、そのときの自分の状態によって読みたくなる作家というのが何人かいるのだけれど、彼女もそういった作家の一人である。

逆に、自分の心がぴんと張り詰めているときや、エネルギーに満ちているとき、外の世界を拒絶しようと硬くなっているときなんかに読むと、ぜんぜん入って来なかったりする。

湿っぽいというかなんというか、粘度が高すぎるように感じるのだ。
文章ってやつは、もっとさらさらと、お茶漬けのようでなくちゃ、なんて感じてしまう。

そういうわけで、今回彼女の本を手に取ったときも、やはりそうとう疲れていたのだと思う。

この本には、中編が2つ収録されている。

【うたかた】

同じ父親に育てられた、二人の男女。
彼らはきょうだいなのか? という問いは、たしかに本人たちにとっては大問題ではあるけれども、周り(読者)が心配するのは下世話というものである。

特殊な家庭環境と言われればそうかもしれないし、どこにでもある家庭の形と言ってしまえばそうかもしれない。
子供にとって、理想的な家庭環境というのも、その逆も、おそらくはっきりとは存在しないのだろう。

父親の言葉。

幸せっていうのはな、死ぬまで走り続けることなんだぞ。P87

【サンクチュアリ】

愛を失うということ。
愛する人を失うということ。

人が死ぬことには、それだけでは終わらない「余波」のようなものがほとんど必ず存在する。

さざ波のように静かに、あるいは泣き声をかき消すように荒々しく、海は涙と一体になる。

残された者と、残された者。
どれだけ魂のことを考えることができたとしても、人は肉体を持った人同士でしか何かを前にすすめることはできないのかもしれない。

読後感は、「彼女にしては静かな、さらりとした内容だった」という感じ。
著者自身があとがきで「誰が書いたかわからないくらい今の私から遠い一作」と綴っているように、ある意味で匿名性のある内容だったように思う。

だからこそ、弱っている状態の今の自分が押され過ぎることなく、ちょうど癒やされたような読後感だったのだろう。

本との出会いは、毎回が奇跡に満ちている、と思う。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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