幼児のように観察すると、世界は美しかった『シッダールタ』ヘッセ

石

宗教というのは、わたしたちにとってどんな存在であるのだろう?

今を乗り切れば、後にこの苦しみから解放されるのだという「鎮痛薬」のようなものかもしれないし、
誰にも理解されなくても、ここには理解者がいるという「救い」のようなものかもしれない。

あるいは、自分たちの力を超えた大いなるものに対する畏怖の念を、目に見える形や思想に置き換えているのかもしれないし、
あまりにもダイレクトにコミュニケーションすることで衝突してしまわないよう、第三者を仮定しているのかもしれない。

長期的目標のために短期的な禁欲を実践する人や、
目の前のあらゆる物事に愛をもって取り組む人の中にも、名も無き宗教が宿っているように思える。

本書は、ヘッセ自身の宗教体験を綴った短い文章である。
この中で彼は、思想や分析を説くことなく、自らがくぐり抜けてきた思想の海、そして肌で感じ取ったもの、肉体と精神、それから魂の三者で見聞きしたことを見落としなく書き写している。

言葉では到底言い表すことのできないものを文章にするという作業は、想像を超える難行だったに違いない。
けれど、彼のすすんだ過程ひとつひとつが、読んでいるこちらに感覚的に伝わってくる。

何がどう伝わってくるのか、わたしはここで言葉にすることができない。

何かを言えるとすれば、
「どんな教えを受けようと、ヘッセは総合としての仏教を習得したわけではないのだ」(どのような人にもそんな芸当できない)
ということと、
「わたしはこの本を読むことによって、いかなる意味合いにおいても自ら宗教体験をしたわけではないのだ」
ということだろう。

ぼくは長い時を要したけれど、ゴーヴィンダよ、人は何も学びえないということをさえぼくはまだ学び終えていない! われわれが『学ぶ』と称しているものは実際存在しない。P25

仏教は実に多くの人に信仰され、教えとして語られている。
「教え」のもとで修行を積む者もいる。

けれどここで語られる仏教というのは、徹底的に孤独で個人的であり、同時に愛に満ちている。

教えられることの限界を悟り、世界へ一歩踏み出した時、彼の目に映る世界は以前とは違っていた。

世界をそのままに、求めるところなく、単純に、幼児のように観察すると、世界は美しかった。P51

シッダールタという一人の男はかつて、若くしてすべてを知っていた。
しかし、すべてを知っているということと、すべてを体験したということの大きな隔たりに、あとになって気がつく。

「知る必要のあることをすべて自分で味わうのは、よいことだ」と彼は考えた。「世俗の喜びと富とが善いものではないことは、自分は子どものときにもう学んだ。それは久しい前から知っていたが、体験したのは今はじめてだった。今自分はそれを知っている。記憶で知るだけでなく、自分の目で、心で、胃で知っている。自分がそれを知ったのは、しあわせだ!」P105

知識は伝えることができるが、知恵は伝えることができない。P149

最後の部分、150ページから始まるかつての友への語りは、シッダールタが辿り着いた「すべて」を語っている。
そこには時間の流れも、「これ」と「それ」の境目も、つまりは関係性も存在しない。
いっさいは、いっさいである。

この石は石である。動物でもあり、神でもあり、仏陀でもある。私がこれをたっとび愛するのは、これがいつかあれやこれやになりうるからだろうからではなく、ずっと前からそして常にいっさいであるからだ。P151

これほど穏やかで、愛に満ちた心の状態があるだろうか。

人間は、人間くさくていい。
感情が揺れ、自分とその他のものを別に考えるから、面白い。
時間の流れは、限りある命を持つわたしたちにとって、ほとんどすべてであると言ってもいいほどの意味を持つ。

けれど、いやだからこそ、このような文章が必要なのだ。
きちんと生きていくために。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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