完璧な愛はたぶん、現実社会にはそぐわない『ウエハースの椅子』江國香織

ウエハースの椅子

愛というものに対して、こちらがわに自由意志はない。

それはある日突然やってきて、そこにかかわりあう二人の意思確認などなしに始まってしまう。

現実的な意味合いにおいて、それが「しあわせ」をもたらすものであろうと、「ふしあわせ」をもたらすものであろうと、すでに始まってしまった愛をはねつけるだけの強さを、わたしたちは持ち合わせない。

実に江國香織らしい、澄んだ絶望に包まれた愛の描写。
それは物語ですらない。
そこにある愛を、ただ彼女がスケッチしたのだ。

「恋人」には、幸せな家庭がある。
それは、「私」と「彼」のあいだの愛に影響も与えないかもしれないけれど、
同時にそれじたいが破滅を内包した愛を育ててしまう。

そんなに愛し合っているなら、一緒になればいいじゃない、と論理的思考の人は思うかもしれない。わたしのように。

けれど、彼らの愛のあり方は、そんな社会的な取り決めとは別なところに存在するのだ。

それはほとんどゆるやかな自殺のようだ。彼は私を愛している。私はそれを知っている。私は彼を愛している。彼はそれを知っている。私たちはそれ以上なにも望むことがない。終点。そこは荒野だ。P48

その「終点」の持つ恐ろしさを、特にそれが二人の人間のあいだに生じた愛である場合の恐ろしさを、彼女は肉体的な痛みとして身体に蓄積させていく。

恋人といるとき、私は世界に過不足がないと感じる。海にいても、街にいても。P50

何の過不足もない、ということは、それ自体何かが欠落しているのだ。P117

そもそものはじめから、彼女は世界に絶望していた。
子供として。
多くの人が、成長とともに忘れ去っていくような絶望を、その中に抱え続けていた。
そしてそれゆえに、彼女は平和だった。

かつて、私は子供で、子供というものがおそらくみんなそうであるように、絶望していた。絶望は永遠の状態として、ただそこにあった。そもそものはじめから。
だからいまでも私たちは親しい。
やあ。
それはときどきそう言って、旧友を訪ねるみたいに私に会いにくる。やあ、ただいま。P3

絶望と親しくしているお陰で、私の生活は平和そのものだ。P15

平和に絶望した彼女のところに、世界(社会)と距離を置くことで安心と充足を得る彼女のもとに、「それ」はときどき訪れる。

社会は幻想だ、と言い切る彼女は、自分たち人間を「けもの」だと感じている。
そうして少しずつ少しずつ、他の人たちと同じように、けれど彼らが意識などしていない一方で、

彼女は少しずつ失われ、死んでゆく。

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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完璧な愛はたぶん、現実社会にはそぐわない『ウエハースの椅子』江國香織”へ3件のコメント

  1. より:

    年相応ではない。ウエハースの椅子みたいな恋が悪いというのではないが、普通は38才の女は、家事、育児、仕事で生活がいっぱいで、子どもの頃を思い出したり、現実逃避に恋人と海外で遊んだり、高校生みたいなセックスに溺れる余裕はない。そんな恋愛は、アラフォーより前に卒業し、大人になり、その後より深い人間愛を育むようになるのが普通だ。38でこんなんじゃ生きていけん、若い子ならともかくも。

    1. mihirohizuki より:

      コメントありがとうございます。
      いろんな生き方が認められる(少なくとも認めようという動きのある)社会で、うまく大人になれないまま歳を重ねる人が増えている気がします。
      そして、「あ」さんの仰る通り、私自身はそれを特に悪いことだとは感じません。生きづらいだろうな、とは思いますけれど。
      現実から目を背けることができるというのは、ある種の人々にとってはある意味で処世術のようなものなのだと思います。

  2. より:

    年相応ではない

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