けっきょくぼくたちは短篇集なんだ『書店主フィクリーのものがたり』ガブリエル・ゼヴィン

書店主フィクリーの物語

本屋大賞という賞がある。
作家や批評家のセンセイ方ではなく、書店員が一番売りたい本を選ぶという賞だ。

「素人が選ぶ本なんて、万人受けするだけの中身のない本だ」という意見もあるかもしれない。

けれど、もしこの賞にいささかなりとも「公平性」というものが備わっているなら(願わくば少なくとも他の賞よりは)、本を愛する人たちが、本を愛する人たちに知ってもらいたいと願う本を選ぶ賞というのは、とっても素敵なアイデアだと思うのだ。

2016年の翻訳小説部門において本屋大賞第1位になった本書は、たしかに間違いなく本好きが本好きに薦めたくなるたぐいの本だろう。
付け加えるなら、作者も相当な本好きのようである。

読書というものがあくまでどこまでも個人的な体験であり、それはどのような形でも誰かに共有されることはないはずだという立場に立つとしたら、「本当のお気に入り」というのは自分の胸にそっとしまっておくものかもしれない。

そういう意味では、この本は「これなら文句が出ないだろう」という、いわゆる優等生的な地位を獲得するはずだ。
けっして嫌味な意味ではなく、広く開かれた語り口を持つ本書は、誰かを傷つけたりすることのない、安心して薦められる本である。

すらすらと読める本だ。
題の通り、書店を営むフィクリーという人物の物語。

筋としてはこれと言って奇をてらったものではない。
孤独な男が、愛のなんたるかを知る物語。

たしかに、展開に無理がある箇所もある。
フィクリーの性格があまりにも変わってしまうことが不自然に感じられたり、最後の展開がチープに思えたりもする。

けれど、作者が本というものを愛していて、それを読者と共有したいという気持ちがとてつもなく伝わってくるのだ。
たぶんこの人は、人が好きなのだ。

本書の魅力を増しているのが、各章の「扉絵」の役割を果たしている、フィクリーから少女への本の紹介だろう。

小説というものは、人生のしかるべきときに出会わなければならないことを示唆している。覚えておくのだよ、マヤ。ぼくたちが二十のときに感じたことは、四十のときに感じるものと必ずしも同じではないということをね、逆もまたしかり。このことは本においても、人生においても真実なのだ。P61

きみは、ある人物のすべてを知るための質問を知っているね。あなたのいちばん好きな本はなんですか?P121

他にもところどころ、けっして完璧ではない、しかし読書好き特有の静かな聡明さでもって、作者は読者の心の大切な部分を触る。

例えばわたしは、最近になって発刊された新しい本をあまり好まない。
当たりハズレがあるし、年齢を重ねると特に「ハズレ」だったときの気落ちが激しい。

歴史の波に揉まれてきたものは良書であるという安心感に頼っている面もある。

けれどもちろん、新しい本だって読まなければ、自分にはしっくり来るけれども遠からず世間から消えてしまう作品を逃してしまうことになる。
そんな気持ちに、本書はこんな答えを与えてくれるのだ。

なぜある本がほかの本とちがうのか? たしかにみんなちがっている、とA・Jは思う、なぜならみんなちがうからだ。われわれは多くの本の中身を見なければならない。われわれは信じなければならない。ときには失望することも受け入れなければならない、だからこそ、ときたま精神の高揚を得られるのだ。P314

それから、人生というもの。
出会いがあり、事故があり、偶然があり、愛の発見がある。
思いがけない不幸があり、物理的限界があり、家族がある。

人生は、小説のようなものなのか?
我々は、ひとつのフィクションをくぐり抜けているに過ぎないのだろうか?
フィクリーは、それについて考慮に値するコメントを残してくれている。

ぼくたちは長篇小説そのものではない。
ぼくたちは短篇小説そのものでもないね。
けっきょくぼくたちは短篇集なんだ。P327

The following two tabs change content below.
ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。