どこにでもある、でもここにしかない、幸福な不幸『人生のちょっとした煩い』グレイス・ペイリー

人生のちょっとした煩い

物語好きにとってもっとも重要な心がけのひとつに、「しかるべき時期にしかるべき物語に出会うこと」があるように思う。

同時に読書という行為の特徴のひとつとして、「それが今の自分にとってしかるべき物語」であるかどうかは、読んでみないことにはわからない。

つまり、この偶然性に満ちた世界で(読書に限定したとしても)、ある時期に読んだ物語をそのときの自分の判断だけで評価することはフェアではない、ということになる。

この『人生のちょっとした煩い』をはじめて3年前に読んだとき、正直言って読み進めるのがつらかった。

▼前回の読書感想文▼
『人生のちょっとした煩い/グレイス・ペイリー(村上春樹 訳)』

そして今回読んでみて、もちろん彼女の難解な文章を隅まで理解したとは言い難いとはいえ、読んでいるときに心をじかに触られている感覚があった。
『人生のちょっとした煩い』は、間違いなくうら若き少女向けの物語ではない。

変わらないようでいて、自分もしっかりと人生のコマをすすめているのだと教えられた。

子育てに政治運動。
多忙な人生を送ったグレイス・ペイリーは、寡作で知られる作家である。

そしてどれもが短篇集。

隙間の時間にこつこつと書き溜めた小さな物語たちは、驚くほど濃密に強い一撃を与える。

短編集に登場する女性たち(時に男性視点も交じる)は、みんなそれぞれ全然違った文脈で登場する。
どれもが代替不可能なほどカラフルな色彩を放ち、傾向指摘や一般化はとてもできない。

グレイス・ペイリー。
寡作であることで、よりひとつひとつの文章が際立つのかもしれない。

ここには、まさに『人生のちょっとした煩い』が綴られている。

飢えるわけではない、
虐待もない、
血も流れない。

どこにでもある、でもここにしかない、幸福な不幸。

「他の人たち」と「わたし」を隔てる個人的な事情の取り出し方が抜群にうまいのだ。

そして、3年前よりも少し大人になったわたしは、
つまり「けだるい煩わしさ」を抱えて、それなりに折り合いをつけて暮らすことを覚えたわたしは、

グレイス・ペイリーの紡ぐ文章にしっかりとつかまれてしまったのだ。

ここに書かれているのは、つまり「人生のちょっとした煩い」みたいなものでしかない。
でもあの人たちはね、それこそとことん苦しんでいるんだよ
P146

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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