人生で一番深い場所にいるとき『海辺のカフカ』村上春樹

海辺のカフカ

58歳のおじさんから見て。
35歳のサラリーマンから見て。
28歳のわたしから見て。
そしておそらくは20歳の成人を迎えたばかりの学生から見ても。

15歳という年齢は、青く未熟で若い。
彼らはまだまだ子どもの領域を出ず、純粋で階層のない、シンプルな世界に暮らしているのだと我々は想像する。

そしてそのような前提のもとで『海辺のカフカ』を読むと、この物語にはうまく入り込めない。

 

「15歳の男の子が、こんなに深くものを考えるものか」という感想に終始してしまう。

けれど、ほんとうのほんとうに、自分がかつての15歳だった頃。
学校生活や、家族関係を取っ払ったあとの、15歳の自分が感じていたこと。

15歳の少年少女になって、静かに物語に入ってゆくと、カフカ少年の行動や考えはわたしたちを救ってくれる。

それは、かつてのわたしたちが頭のなかでぼんやりと考えながらも、どうしても言葉にできなかった事柄なのだ。
あるいは、言葉にする必要や、その暇もなく通り過ぎていった疑問や感想。

そのような疑問、感想は、大人になったわたしたちはうまく「処理」することができるようになっている。
適当な答えを与えたり、いちいち立ち止まる必要のない疑問なのだと知るようになる。

そうしてわたしたちは、自分たちが15歳の少年よりもよく物を知っていて、深く考える人間に成長したと感じるようになる。

けれど、ほんとうのところは、15歳は人生で一番深い場所にいた時期なのだと思う。
深く、出口のない、それでいてどこかに向かわねばならない、そんな時間を過ごしていたのだ。

わたしたちがそれを思い出すことは、いまのところない。
その事実を知っているのは、あるいは今年95歳を迎える老人だけなのだ。

いや、星だけじゃない。そのほかにどれくらいたくさん、僕の気づかないことが世の中にあるのだろう? そう思うと、自分が救いようもなく無力に感じられる。(上)P285

40年という歳月は、僕にはほとんど永遠みたいに思える。ためしに40年後の自分を想像してみる。でもそれは宇宙の果てを想像するようなものだ。(上)P365


投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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