現実的でない愛は現実の世界に殺されるのだ『女のいない男たち』村上春樹

女のいない男たち

ふと、想像してみる。

ひとときも離れていたくない、身体の組織まで分け合いたい、なにもかもわかっていたい、
そんなふうに感じる相手がいることを。

その関係は、自立した二人がお互いを高め合う理想的な関係でもなければ、
依存し合った二人が互いの首を締めていく関係でもない。

文字どおりの、「一心同体」の存在を。

わたしという人間は独立した生命として完結しているのに、果たしてそこにさらなる関係性を追加することは可能なのだろうかという考えが、異を唱える。
そんな報われない努力をするくらいなら、いっそのことそんな関係は解消してしまうべきなのだと。

そうしないことには、人間として、この世界の現実を生き抜いていくことはできなくなってしまうのだと。

そしてわたしは自分に言い聞かせる。

ひとつ。本当にその人とどろどろに溶けてしまうくらい一緒になること。(これは死とニアリーイコールだ)
ふたつ。その人と一緒にいながら、ある程度現実の生活のために別々の身体を持ち続けること。(毎日が狂おしいほど幸福で、引き裂かれるほどつらい)
みっつ。なにもかもをゼロにしてしまうこと。ただ現実を生きていくこと。(そんなことができるのか)

想像するしかないわけだけれど、ふたつめとみっつめを選択する人が大多数であることに、わたしは驚かざるを得ない。
そんなふうに、意志の力でコントロールできてしまうものなのだろうか。

けれど、『女のいない男たち』の中の「独立器官」という小説を読むと、自分もやはり現実的な人間なのかもしれないと思う。

渡会医師のような恋に落ちる人は、ある意味で幸福なのかもしれない。
わたしたちは、あくまでも生命を維持し、生命のバトンを繋いでいくために、ある程度現実的な愛し方をするしかないのだから。

ブログ運営者

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍、ペーパーバック(紙の書籍でお届け。POD=プリントオンデマンドを利用)
販売価格:電子書籍450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)、ペーパーバック2,420円

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。