目的もメッセージもない、極めて強い文学『浴室』ジャン=フィリップ・トゥーサン

浴室

わたしたちの多くは、家という場所を持って暮らしている。

人間の暮らしのバリエーションに合わせて、居住空間も様々な顔を持つ。
居間や台所、寝室、物置。
あるいは作業部屋、子供部屋。

そしてもちろん、浴室がある。

ジャン=フィリップ・トゥーサンは、午後を浴室で過ごし始めた男の話を書いた。

ここには確かに、斬新さがある。
中には狂気を感じる人さえいるかもしれない。

第1部:パリ 40の()からなる文のかたまり
第2部:パリを出る 80の()からなる文のかたまり
第3部:パリ再び 50の()からなる文のかたまり

文中で、青年は自分の身の回りで起こっていることを、ほとんど健気なまでに克明に描写している。

けれど、そこには一切の心理描写や動機が描かれない。
したがって、本人にとっても読者にとっても、彼自身の行動に正当な理由をつけることは不可能なのである。

ここが、この小説が短いながらに迷宮のようなつくりになっているポイントではなかろうか。

つまり、主人公の行動には、周りを納得させられるだけの理由が存在しない。
それは、彼の行動そのものを「理にかなわない」と捉える人々にとって、受け入れがたいストーリー(もはやストーリーでさえない)であるのだ。

しかし、理解しようとすることや、そこに意味を見出そうとすることを諦めて、
ひとたび一連のできごとをまるごと受け入れた瞬間に、心地よい、頭でっかちな人たちを小馬鹿にしたようなサウンドが聞こえてくるような気がした。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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