普遍性や現実なんてお呼びじゃない『象の消滅』村上春樹

象の消滅

物語とは、「例えば」の連続だ。
どこかでこんなふうに言っていたのは、村上春樹氏だっただろうか。

その「例えば」は、繰り返されるうちに現実を離れていく。

そしてその物語は、現実よりも真実味を帯びてわたしたちに語りかけてくるのだ。

『象の消滅』は、アメリカのとある出版社の編集者が一人で選んだ作品たちらしく、それが逆輸入されて同じ構成で出版されたのが本書だ。

どれもこれも、「ザ・初期の村上春樹の短編」という感じなのだけれど、確かにひとりの好みが詰まっている感じがする。

読書という体験は、こうでなくっちゃなと思う。

どこまでもどこまでも、普遍性とは真反対のところにいなくちゃなと。

『パン屋再襲撃』も、『納屋を焼く』も、『緑色の獣』も、
もしあなたが「物事には筋道と目的があるべきだ」とか、
「理屈にかなったテーマがあるべきだ」なんて考え方をするタイプなら、あまりおもしろくはないかも知れない。

わたしは仕事では徹底的にそんな傾向だけれど、そのぶん反動として、仕事を離れた空間では徹底的にまわりくどい人間でありたい。
それでいて、できるだけ真実に近い場所にいたい。

村上春樹氏の短編たちは、そんな歪んでいるとさえ言える人間の欲望をじわりじわりと満たしてくれる。

今回収録されている短編の中で、個人的に一筋縄ではいかないものがひとつある。
それは『踊る小人』だ。

ここでは、「小人」と「象工場」のふたつの要素が登場する。
どちらも焦点を当てるべき要素なのだけれど、ここでは小人をメインに取り上げているから、象工場はいわば背景となっている。

つまり、本来ならばもっと説明されなくてはいけない象工場というものの存在が、読者にとっても自明の背景として使われているわけだ。

そういうわけで、わたしたちは自分がなんだか、自分の住んでいたところとは違うパラレルワールドに放り込まれたような、
ゆるやかな不安感に包まれることになる。

どこまでがわたしたちに寄り添っていて、どこまでがわたしたちを突き放すのか。

それはあるいは、ただの結果にしかすぎないのかもしれない。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
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