新しい文学なんて、もう作れないんじゃないか『カラマーゾフの兄弟』

久々に再読。
とにかく読みにくい、というのは相変わらずで、でも頑張って上巻の最後のほうまでたどり着くと、もう途中ではやめられなくなる。

宗教、
人間という生き物の本質、
我々の逃れられない宿命、
高尚な葛藤、
低俗な罪深さ、
それらのあいだに横たわる線がいかに曖昧でほどけやすいか。

正義と正義の衝突、
冤罪、
真理と真実と事実。

ドストエフスキーは、その読みにくさから、『カラマーゾフの兄弟』しか読んだことがない。
それでも、この物語には、我々人類のあらゆるものが詰まっている。

まさか、カラマーゾフの兄弟には続編がある予定だったなどとは思いつかないくらいに、人類の物語を完結してしまっているような。

我々は、これからの人類史において、カラマーゾフの兄弟を分解し、現代語訳していく以上のことができるのだろうか?
そう思ってしまうほどだ。

信心深き誠実な青年である三男アリョーシャと、知的で皮肉屋の次男イワンの会話。

「人生の意味より、人生そのものを愛せ、というわけか?」(上)P578

「あのね、十八世紀に一人の罪深い老人がいたんだが、その老人が、もし神が存在しないのなら、考えだすべきである、と言ったんだ」(上)P589

お前にも忠告しておくけど、この問題は決して考えないほうがいいよ、アリョーシャ、何より特に神の問題、つまり神はあるか、ないかという問題はね。(上)P591

実際、ときによると《野獣のような》人間の残虐なんて表現をすることがあるけど、野獣にとってこれはひどく不公平で、侮蔑的な言葉だな。野獣は決して人間みたいに残酷にはなれないし、人間ほど巧妙に、芸術的に残酷なことはできないからね。(上)P599

「もし悪魔が存在しないとすれば、つまり、人間が創りだしたのだとしたら、人間は自分の姿かたちに似せて悪魔を創ったんだと思うよ」
「それなら、神だって同じことですよ」(上)P600

「それに今は何もわかりたくないしな。俺はあくまでも事実に即していたいんだ。だいぶ前から理解なんぞしないことに決めたんだよ。何事かを理解しようとすると、とたんに事実を裏切ることになってしまうんで、あくまでも事実に即していようと決心したんだ……」(上)P612

つまり、わるいのは人間自身なのさ。天国を与えられていたのに、不幸になるのを承知の上で、自由なんぞを欲し、天上の火を盗んだんだからな。(上)P613

そして、長老と崇められ、人々に惜しまれて亡くなった修道院のゾシマの最後の言葉で、彼の過去が明かされる。

なぜなら今はあらゆる人間が自分の個性をもっとも際立たせようと志し、自分自身の内に人生の充実を味わおうと望んでいるからです。ところが実際には、そうしたいっさいの努力から生ずるのは、人生の充実の代りに、完全な自殺にすぎません。(中)P103

『よくよくあなた方に言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる』(中)P118

彼らには科学があるが、科学の中にあるのは人間の五感に隷属するものだけなのだ。人間の存在の高尚な反面である精神の世界はまったく斥けられ、一種の勝利感や憎しみさえこめて追い払われているではないか。(中)P127

孤独になった人間にとって、全体のことなぞ、何の関係があるだろう。こうして得た結果と言えば、物を貯えれば貯えるほど、喜びはますます少なくなってゆくということなのだ。(中)P130

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