否定ができない論理的幸福『ニムロッド』上田岳弘

芥川賞はどうなっているのだ?

芥川賞を受賞した本書。
作品として優れているのは、明らかに作家の初期1〜3作目だったけれど、芥川賞は優れた作品に贈られるというわけではないのか。

さて、本書の帯には「あらゆるものが情報化する不穏な社会をどう生きるか。新世代の 仮想通貨 ビットコイン 小説!」とキャッチコピーが書かれている。

解釈が三者三様の小説において、キャッチコピーやあらすじ、解説を抽出することは至難の業だろう。

どんなものかがわからないものを、今の人たちは好まない。
旅行だって事前にインターネットで全部予約して、現地でWi-Fiを使い、下調べをする。

会社にエントリーするのだって、インターネットがあれば中で働く人の声さえもノーリスクで覗けてしまうのだ。

読んでみないとわからない小説を、わざわざ買うヒトはもう絶滅危惧種かもしれない。だからわかりやすくメリットを訴えるキャッチコピーを書かざるを得なくなる。

前置きが長い。

上田岳弘が多くの作品を通じて行うのは、あるひとつの問いに答える試みと言って良いのかも知れない。

「人類はどこに行き着くのか」

その問いに答えるための論理的素材集めとして、作家は人類がこれまでしでかしたことを並べる。

その中でももっとも成功を収めたように見えた資本主義は、効率化と最適化によっておそらくは多くの「問題解決」を導いた。

資本主義的発想が続くとすれば。
彼の小説はこの前提で進められる。
続くとすれば、誰も否定できない論理的な帰結として、こうなっちゃうよね。

その「否定できない論理性」に首をかしげるのが、彼の恋人なのだ。

「優しい世界。世界はどんどん優しくなっていく。差別も減っていく。出自の差だって、能力差だって、そのうちにたいした意味を持たなくなる。どんな人も、それはそれでありじゃない? と優しく認められる」P65

「もし今思っていることが全部叶うのだとしたら、こんなに悲しいことはないのかなと思う。いや悲しくはないのかな。むしろ嬉しいのかな」P65

「世界の話? 空気の話? そういうものに鈍感になっていって、『自然』に従いつつ、そこに滋味みたいなものを見出すのが大人になるってことなのかもしれないけど、それって現状の肯定に過ぎないような気がする。最先端のことを研究している人も、これ以上進んでいいのかどうか、首を傾げながらやっているんじゃないかな。何というか、全体的な不快感だけが漂っている」P88

問題はつぎつぎに解決され、望みは叶えられ、理屈としては誰も否定できない進歩を続けている。
幸福だと我々が信じる方向へ向かう。

しかし果たしてそうか?
その答えが書かれることはない。

思うに、人類をつくったのは人類ではないから、わたしたちの幸福もまたわたしたちにはつくり得ないのではないだろうか。

でももう誰にも止めることはできない。
世界は独裁政治ではなく、絡み合いで成り立っているのだから。

異郷の友人』や『塔と重力』で出てきたような、雲の上の存在は孤独なのだ。
わたしたちは、わたしたちが焦がれて目指す存在になるのなんて、ごめんなのだ。
欠陥品は、魅力的に映る。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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