喪失のあとに続くもの『号泣する準備はできていた』江國香織

ready to burst into tears.

号泣する準備はできていた。

江國さんの作品には、不思議な日本語が多い。
その理由を彼女自身が、あるインタビュー記事でこう語っている。

私の場合は、外にある言葉であることが多くて。「号泣する準備はできていた」という短編のタイトルも、英語でそういう言い方をしますよね。「レディ・トゥ・バースト・イントゥ・ティアーズ」かな。
日本語ではあまり「泣く」と「準備」って繋がらない。急に、本人にとって予想外のこととして泣くことが、文章上は多いですね。「その準備ができていた、泣く準備はもうできていたって、面白い言い方だな」と思って、それを日本語に直訳したものは小説になるはずだと思ったんです。そうですね、言葉から短編ができることが多いです。

小説ってこんなふうに書くのか! 片岡義男と江國香織が惜しげもなく明かす「最高の小説のつくりかた」(片岡義男,江國香織,佐々木敦) | 現代ビジネス | 講談社(6/8)

短編集というくくりになっているけれど、作者あとがきによると「成分も大きさもまるもだいたいおなじで、色や味の違うひと袋のドロップ」ということになるのだそう。

江國さんは、言葉にならないことを言葉にする。

自分のなかにどーんと圧倒的な存在感を放ちながらも、解決を求めているわけでも要望を伝えたいわけでもないなにか。
わたしたちが無視できない、けれど浮かばれないなにか。

「人生いろいろある」
そんな言葉で箪笥の奥にしまい込まれてしまいそうななにか。

江國さんがこの本を書くにあたって切り出したのは、喪失。
かつて確かにそこにあって、失われて、そのあともあり続けなければならない物たち。

そこには強さとあきらめと、鼻の奥がツーンとする感じだけがある。
絶望ほどの救いもない、そのゆるやかな日常たち。

たとえば「熱帯夜」というお話。

女性同士のカップルで、一人は家で仕事をし、一人は外で働く。
一人は男性に信頼も情熱も向けられず、一人は「性差なんてない」という。

二人は愛し合っていて、それでも求める安心感の温度差だけがある。

「言ってごらんなさい。何が不満なの?」
 片方の肘をカウンターにつき、その手で頭を支えている。とてもほんとうとは思えないくらい、特別できれいだ。
「何も」
 私は微笑んでこたえて、
「あるいは、何もかも」
と言い換える。
「だって、私たち行き止まりにいるのよ」
心情を吐露したのに、私の声はゆったりと落ち着いていて、甘やかな囁きにさえ聞こえる。行き止まり。実際、私たちは行き止まりにいるのだ。どんなに愛し合っていても、これ以上前に進むことはできない。たとえば結婚も離婚もなく、たとえば妊娠も堕胎もない。望みはみんな叶ってしまったし、でも私はもっともっと秋美がほしい。誰にも秋美を見られたくないし、秋美にも私だけ見ていてほしい。P54

男女なら、わかりやすい目印や保険でその場しのぎの安心感を得ることができたろう。
相手を縛るためのもっともらしい理由を合法的につくりあげ、自分を説得させることもできたろう。

けれど女性同士というのは、ただそれだけですべての「わかりやすい安心感的事実」の可能性を否定される。

それだけに関係性は純度を増し、けれどそれはいつ突然失われるかわからない。

どうするのがいいのだろう。
千花は考える。秋美を誰にも渡さないためには、どうするのがいいのだろう。
そう、たとえば大地震が起これば良いのだ。
私とあなた以外、全員死んでしまうの。

それが起こらないことを知っているから、そのたとえ話は極めてリアルなものになる。

大地震をおこして世界中を皆殺しにすることができないなら、考えても無駄だ。世界の中で、やっていくしかない。P63

そして千花は知っている。
大地震が起こって、世界で二人きりになったとして、それでも自分は満足しないだろうということを。

こんなふうにお話は続いていくのだけれど、最後の最後に収められた「そこなう」のおかげで、とても苦しくなった。
一晩眠ったあとも、その苦しさは続いている。

15年もの歳月のあとで、ほんとうに何もかも手に入れた。
「ゆめみたい」
手に入れたまま、決定的にそこなわれたもの。

こんなところから、人はほんとうに物ごとを前に進めていけるのだろうか。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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