生を授かったことそのものに対する根源的な怒り。『キュー』上田岳弘

四作目あたりから、上田さんの作品はとても親切になった。

なんの断りも忠告もなしに一気にわたしたちを目的地にぶっ飛ばしてしまうような書き方は、たぶん三作目で終わった。

事前に地図を配布し、おまけに目的地まで手を引いて誘導してくれるようにさえなった。
「ああ、そこに石があるから気をつけて」と。

もどかしい。

あなたのような天才は、寄り道なんてしている場合じゃないのに。
早くしないと、個体としての命が尽きてしまう。

思念は遺伝子と違って次の世代に受け継ぐことができないのだから。

でもたぶん、彼はこう思ったのだろう。

「このあたりで、大衆を巻き込んでおかなくてはならない。この声が無視されてしまう前に」

たぶんその判断は、個体としては当たっている。

読者たるわたしたちは責任を感じなくてはならない。
彼らを、作家を、書くことに集中させてやることができない世界にしてしまったことを。

いいか、本物の天才なんてものは、遊ばせておかなきゃならないんだ。歴史に関与させちゃいかん。P75

天才が生まれるたび、ヒトが最終目的地に到着する予定が早まる。
それは善きことなのか。

ヒトがヒトとしてあるうえで「課題」が必要なものなのであれば、それは悪しきことだろう。

繭の中のごとき生ぬるい日常をお前たちに与えることは、我々戦争時代の望みでもあった。それをよくよく噛みしめてほしい。P262

生を授かったことそのものに対する根源的な怒り。僕の意思に関係なく、僕は産み落とされ、そして生きなければならなかった。仮に、生き抜くのが困難な、恵まれない環境に生まれついたのであれば、怒りの矛先を別に向けることができたかもしれない。でも僕に与えられたのは、地球上を見渡しても珍しいくらいに恵まれた環境だった。P382

わたしたちは押し付けられる。
かつて生きた人たちの理想郷を。

「ありがとうございます。」とにっこりして、興味もないギフトをありがたがらなくてはいけない。
そのように自分を鍛えなくてはならない。

与えられたわたしたちは、かわりに文句を言う権利を取り上げられたのだ。
生きがいとしての課題はどんどん解決されていく。

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