閉ざされた孤独のイメージ『夜の樹』トルーマン・カポーティ

”アンファン・テリブル”(恐るべき子ども)―これがトルーマン・カポーティがアメリカ文学界に迎えられたときの異名である。
『夜の樹』は九篇からなる短編集で、背筋がつめたくなるようなものから(「ミリアム」「夢を売る女」)、完成された子どもへのあこがれ(「誕生日の子どもたち」「銀の壜」)、愛へのあこがれ(「感謝祭のお客」)まで実に色とりどりな作品が収められている。
彼の作品は、とても静かで濃密な闇と孤独を抱えているものが多い。
純度を極限まで高めた孤独な子供は、内へ内へあるき続け、完成してしまう。
それは強さと言うよりはむしろ、外の恐怖からの逃避として現れているのだ。
やわらかく暗い箱の中。
他人は理解されえず、他人からも理解されることはない。
人間関係とは、理解などではない。
それはどちらかというと取引のようなもので、深入りは注意深く避けられなくてはならない。
そして愛の予感が誘惑する。
恋人、友人、50も歳のはなれたいとこ、見知らぬホームレス。
短編に描かれる主人公たちは、いとも簡単に愛に誘われ、愛を恐れ、裏切られることを恐れる。
あこがれの対象は、「完成された子供」
彼らはイノセントな存在でありながら、庇護も愛も必要としない。
そんな存在になれたらいいのに。
いや、それでもやはり彼らは惹かれてしまう。
不安定でもろく、自堕落とさえ言えるほどの恐怖と愛へのあこがれ。
あらゆるものごとのなかでいちばん悲しいことは、個人のことなどおかまいなしに世界が動いていることだ。もし誰かが恋人と別れたら、世界は彼のために動くのをやめるべきだ。もし誰かがこの世から消えたら、やはり世界は動くのをやめるべきだ。しかし実際には、決してそんなことは起らない。多くの人間が朝起きる本当の理由はそこにあった。つまり、ひとは重大な意味があるからそうするのではなく、意味がないからそうするのだ。P80
「夢を売る女」
夢が売れるとしたら、あなたはどうするだろうか。
ひょっとしたら夢なんてないほうが眠りが深くなるかも知れない。
そう思うだろうか。
夢は現実ではないくせに、現実よりも思い通りにならない。
作品よりもそれを描いた画家のほうに興味をかきたてられるという芸術作品があるものだ。それは、ふつう、見る側の人間が、その種の作品のなかに、それまでは自分にしかない、他人には説明出来ないものと思われていた特別な何かが描かれていることに気づくからである。P128
「無頭の鷹」
ヴィンセントは画廊を経営しており、ある日その絵に出会う。
絵かきは女であり、ヴィンセントは彼女と暮らすことになるのだ。
彼は彼女を愛した。
ある日、そうすることで自分の中の何かが失われていくことに気がつくまで。
ひまわりの花のように黄色い彼女の目が一瞬暗くなった。そして彼女は、その目を、一篇の詩を思い出そうとする時のように横に動かした。P163
「誕生日の子どもたち」
教会に行って、悪魔がどんなに罪深くていやしい馬鹿かなんて話を聞いたって、悪魔を手なずけることはできないわ。そうじゃなくて、イエスを愛するように、悪魔を愛するのよ。だって彼は力があるもの。P174
ミス・ボビットは簡単に言うと非常にませている。
外の世界からやってきた彼女は、お金持ちというわけではないのに、とても高貴だ。
語り手としての「ぼく」は彼女より歳上なはずだけれど、彼女との関係については他の二人の少年を通して描かれる。
高貴で完成した子ども。
あこがれの対象であったミス・ボビットもまた、失われる。
私が恥しいと思うのは、何も持っていない人が他にたくさんいるのに、私たちは余分なものを持っている、そのことなの。P258
「感謝祭のお客」
わたしの親友であるいとこは、わたしより50も年が上で、だけれどほかの大人とは違っている。
彼女の言うことは真実で、だからこそわたしの親友でもあるのだけれど、わたしは彼女の裏切り(とわたしが感じたもの)に対してとても敏感だ。
短編集を通して言えるのは、孤独である自分が他の誰かと関係を持つ―それも間とか親密さだとかを期待して―と、ほとんど例外なく自分が失われてしまうということだ。
それならば誰かと関係など持たないほうが良いのか?
良い悪いではなく、「関係性」は彼らを誘惑する。
書いた人
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ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。
文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。
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