白昼夢の冒険に似た『猫のパジャマ』レイ・ブラッドベリ

生涯現役で活動し続けたいだろうか。

それともさっさとアーリーリタイアして隠居したいだろうか。

レイ・ブラッドベリは間違いなく前者の人である。

『猫のパジャマ』という可愛らしい題を冠した本書は、レイ・ブラッドベリが83歳のときに上梓した作品だ。

マーケットにたくさんの作品を流したくないという作家の思いから、長いあいだお蔵入りになっていた小さな作品たちが存在した。

そして地下室からそれらの作品群を発見した彼のゴールデンレトリバーであるドン・オルブライトにも感謝しなくてはならない。

レイ・ブラッドベリを何作品か読みすすめるうちに、わたしたちは彼と紐付けるアイデンティティに苦労することになる。

たんぽぽのお酒』的イノセントと、『火星年代記』的SFのふたつに分ければいいかというと、決してそうではない。

短編も合わせると、レイ・ブラッドベリなるものを言い表す適切な形容詞がどんどん手からすり抜けていく。

「こんなことが言いたい。できるだけわかりやすい具体例で、それでいてありふれた言葉ではない物語を通して」
こう作家が願ったとする。

そして彼はそれを、誰よりもうまくやってのけるのだ。

短編にも長編にも、そうとは断言されないテーマが浮かび上がってくる。
けれどそれはあくまでもファジーなかたちをしているから、こちらとしてはその読みが正しいのかどうかも判断できないし、
そんな行為そのものが下世話な批評家じみたことに思えてきて、感想を述べる気をなくしてしまう。

わたしたちのような凡人が感想を述べてしまった途端、レイ・ブラッドベリのかけた魔法が解けてしまうような気がして。

魔法を魔法のまま、夢を夢のままにしておくのがいちばんかもしれないのだ。

残念ながらレイ・ブラッドベリはもう亡くなってしまったけれど、こんな素晴らしい作品に作家の死後も出会えるというのは、小説の醍醐味なのだ。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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