論理的であることをまず捨てなくてはいけない‘Nine Stories’ J. D. Salinger

寡作の伝説的作家といえば、もちろんJ. D.サリンジャーだ。

あまりにも有名な『キャッチャー・イン・ザ・ライ』はもちろん、アメリカにおけるキリスト教解釈を示したともいえる『フラニーとズーイ』も多くの人に愛されている。

本書‘Nine Stories’(邦題:『ナイン・ストーリーズ』)は短編集であり、それゆえに作家独特の厭世観が存分に味わえた。

サリンジャーの作品の特徴は、その純粋性にあると言ってもいい。

彼の描く世界には、多くの真実が含まれる。
その真実性は、思考を深めた大人が到達できるものではなく、少年や青年期の男女、つまりイノセントな存在が感じるものとして描かれる。

サリンジャーのことを、子供のまま大人になってしまったと評する意見も見られる。

そうではなく(というかそのような見方もできるかもしれないにせよ)、彼はより真実に近いところに足を踏み入れ、そこから妥協して大人になることができなかったのだと考えるほうが妥当だろう。

年齢を重ねるに比例して「大人」にならないという選択は、人間社会と距離を置いて生きるということとほぼ同義と言ってよい。

最低限の経済的基盤さえあれば、そのように生きることは可能だ。

その人生は孤独だったに違いない。
それでも、「何の腹の足しにもならない真実」を捨てて世界に迎合する用意は、彼にはなかった。

本書の最後に収められている’Teddy’には、人々の固定概念や論理性への依存に対する警鐘が鳴らされている。

“The reason they seem to stop off somewhere is because that’s the only way most people know how to look at things,” he said. “But that doesn’t mean they do.” P289

“Logical. You’re just giving me a regular, intelligent answer,” Teddy said. “I was trying to help you. You asked me how I get out of the finite dimensions when I feel like it. I certainly don’t use logic when I do it. Logic’s the first thing you have to get rid of.” P290

“The trouble is,” Teddy said, “most people don’t want to see things the way they are. They don’t even want to stop getting born and dying all the time. They just want new bodies all the time, in stead of stopping and staying with God, where it’s really nice.” P292

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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