詩的に人を殺めることだってできる『犬の人生』マーク・ストランド

詩というものを理解できたためしがない。

それはたぶん、詩というものを理解なんてしようとしていたからなのだ。

マーク・ストランド、初めて聞く詩人である彼の初めての短編集を読んで、やっとわたしは詩なるものと和解することができたような気がする。

誰かにぜひこの本を勧めたいのだけれど、彼乃至彼女に本を手に取ってもらうだけの十分な説得材料を持たない。

こんな筋の話だから、
それで特にこんな展開がすてきだから、
このフレーズが特に美しいから、
だからぜひこの本を読んでください。

と、こんなふうには、あなたを説得することができない。

損はさせませんから、騙されたと思って。

そう勧めるわけにもいかないだろう。

彼の文章は、わたしの中の空白を埋めてくれるわけではない。
満たしてくれるわけではない。
強烈な共感も、揺さぶりも。

それでも、気づかせてくれるのだ。
ああ、わたしの中の、ここが空白だったんだと。

彼の文章が通り過ぎたあとに、
通り過ぎたことをしっかりたしかめたあとに、
わたしはわたしの空白を埋めに行くことができる。

彼は描写しているのではない、つくっている。

そんな書き手は、ほんとうに貴重なのだ。

彼らを結びつけたのはたぶん、お互いに対する欲望よりは、一人でいることへの嫌悪感なのだ。彼らは恋人どうしとして語り合ったことはあるのだろうか? 二人が出会う前の自分たちの人生を描写し、自分たちの過去の様々の謎に小さな光をあてただろうか? 彼らの関係は、硬質で温もりを欠いた孤立性に依存していたに違いないとわたしは推測した。P148「ザダール」

わたしはしばしば思うのだが、我々が自分たちのために選んだ世界の裏側には、もうひとつべつの、選ばれなかった、説明のつかない世界が存在し、それが我々を選ぶことになる。P154「ザダール」

そして彼は「殺人詩人」の中で人を殺めることについて書く。

詩人が両親を殺めたのちに残した最後の言葉を、ぜひ読んでほしい。

人が人を殺めること、彼が両親を殺めること、そこには美しさも善悪もない。
そういった形容詞が入り込む余地すらない。

詩人は言う。
「私は決して悪人ではない」

その言葉に、我々は心を動かすことさえできない。
言葉のもっともっとあとに、我々は「それ」が我々の中に何かを残していったことを知る。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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