みんな揃って批評家気取りなのだろうか『遠い太鼓』村上春樹

今の我々にとって、ほとんどの外国というのは、少なくともその都市部においては遠い存在ではない。

トラベラーズ・チェックはクレジットカードに、
販売窓口で言い値のままに買うしかなかった航空券は冷酷なまでの比較サイトに、
悲しいコミュニケーションのすれ違いは自動翻訳機に、
少しでも安い宿を探して歩くことが目的と化していた旅は、予め部屋の様子をギャラリーにしてこちらの気分ひとつで予約できるように。

そう、何もかもがすごくすごく便利になった。
喜ばしいことだ、たぶん。

だって旅なんてものは、楽しむために行くのだから。
面倒やトラブルはないほうがいいし、安くてよりいい宿を、交渉なしで簡単に予約できるに越したことはない。

困ったことがあれば、わざわざ忙しい現地の人をつかまえなくても、調べればいいのだ。インターネットで。
そこには最適解がある。
たまたま聞いたおばさんの好みなんかよりも、ずっとあてになる情報が。

だからたぶん、わたしだけなのかもしれない。
この本を読んだあとに、こんなふうに考えてしまうのは。

「なんだ、こういうことが旅をするってことなら、今の時代にわざわざ旅をしなくたっていいじゃないか。もうこんな旅は決してできないんだから」

そう。
思い返してみると、ほんの10年前と比べても旅先で知らない人と話をする機会はうんと減ってしまった。

現地の人のほうも、旅人に話しかけられることに対する免疫力を失いつつある。
何だってこの人は、スマートフォンで調べればわかるようなことをわざわざ俺に聞いてくるんだ?と。

それでもやはり、長く海外に身を置いたあとに自分の国に帰ってくると、この時代の人間なりに思うことは有るのだと思う。
少なくともそこには、比較が生まれる。
バブル社会の日本が著者にとって「準高熱社会」に映ったように、今の日本をもっと別の視点から眺められるのかもしれない。

僕は小説家であって評論家ではないので、いろんなものごとを高みからあれこれと判断しようとは思わないけれど、我々にはやはり「平熱社会」からの視点のようなものもそろそろ必要なのではないかという気はします。P568

今の我々は、みんな揃って熱を出しているのだろうか。
それとも、みんな揃って批評家気取りなのだろうか。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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