風邪をひいた時の生姜湯みたいな。『キッチン』吉本ばなな

読書好きなら一度は読んでおきたい、と評されている吉本ばななさんの『キッチン (角川文庫)』。

読めと言われると読みたくなくなるという、天邪鬼な性格が手伝って、実はまだ読んだことがありませんでした。

今回ひょんなことから読む機会があり、思いのほか魂が震えたので、ネタバレしない程度に読書感想文をしたためたいと思います。

「あなたがこの世で一番好きな場所はどこですか?」

こう聞かれたら、みなさんはなんと答えるだろう。

私なら……

自分の部屋の窓枠。(ここに座って本を読むのが好き)

食器棚の側面。(ここに座って本を読むのが好き)

店主が静かに極上のコーヒーを淹れる音だけが響く喫茶店。(ここに座って本を読むのが好き)

誰しも自分だけの聖域があるのではないだろうか。

この『キッチン (角川文庫)』の主人公にとってのそれは、言わずもがな、「台所」なのだ。

自分の家の台所。
親戚の家の台所。
友達の家の台所。
知らない人家の台所。

台所の広さや食器の数、デザインなどにもよるのだろうけれど、自分とその台所の持ち主の関係によっても、見え方は変わってくる。

そういえば、おばあちゃんのところの台所は、いつもおばあちゃんがよく切れる包丁で野菜を切っていた姿と一緒に思い出される。

「キッチン」と「台所」。それぞれの持つ響きが思い起こさせる風景も、また違ったものであるように、私には思われる。

そんな軽やかな題名とは裏腹に、この本に描かれているのは「死」。

どこまでも人間臭くて、重くて、逃げたくて、それでも受け入れないと次には進めない。

大切な人を失った孤独感。

自分ひとりで、克服しなくてはいけない現実。

でも、誰かそばにいて支えてくれたら。

逃げ道でも依存でもない、「道標」になってくれたら。

私みたいに弱い人間でも、生きていける気がする。

あまり本の内容にあれこれ触れてしまうと、この本の良さを損なってしまうような気がして。

けれど、辛くて、苦しくて、胸が痛くて、それでいて温かい。風邪を引いた時におばあちゃんが作ってくれたはちみつの入った生姜湯。

そんな本だな、と私は思いました。

よかったら読んでみてください。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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