『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年/村上春樹』

文庫本が出るまで待っているつもりだったけれど、図書館で偶然見つけたので借りることにしてしまいました。
もちろん、文庫が出たら買います。
このくらいでしか、実際的に作家としての彼を応援する方法はないので。

この長編は、主人公の多崎つくるが、彼の失われた過去とその後をうまく噛み砕くために、過去を詳らかにしてゆく物語である。
心を通い合わせられる「友人」と呼べる存在を、彼はかつて持っていた。
もともとあまり外向的なタイプではなかった。

けれど、その「友人たち」から受けた仕打ちが、彼の人生を変えてしまう。
そこにはどんな事情があったのか?
なぜ彼でなくてはならなかったのか?

ものごとには、はっきりとした理由があるものとそうでないものがある。
また、ある人にとってはよく見えても、他の人にとってはそうでないこともある。
あるいは、過ぎ去った過去をもう一度掘り起こすべきではないのかもしれない。
それぞれが大人になり、過去の自分にうまく折り合いをつけて今をなんとか生きているのだから。

「おれたちは人生の過程で真の自分を少しずつ発見していく。そして発見すればするほど自分を喪失していく」

これは、多崎つくるがかつての友人に十六年ぶりに会いに行った時に、その友人が放つ言葉である。

なんと深い言葉なのだろう。
思えば、村上春樹の小説は一貫して「ある種の喪失」が根底にあるような気がする。

そしてその真意は、つくるがフィンランドにいる別の友人に会いに行った時に明らかにされる。

「でも不思議なものだね。あの素敵な時代が過ぎ去って、もう二度と戻ってこないということが。いろんな美しい可能性が、時の流れに吸い込まれて消えてしまったことが」

そう。人は、人生の一瞬一瞬を選択してゆく。多くの場合は彼らの希望に沿って。
けれどそれは、「そう選択しなかった場合の自分」という可能性を過去に置き去りにしていくことでもある。
そのことを、著者は「自分を喪失する」と表現している気がしてならない。

そして、そのある種絶望にも似た発見を、村上春樹は最後で救い上げている。
最後のページを読んだ時、底知れぬ安堵を私が包んだ。

その文章は読んでのお楽しみということにしたい。

ブログ運営者

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍、ペーパーバック(紙の書籍でお届け。POD=プリントオンデマンドを利用)
販売価格:電子書籍450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)、ペーパーバック2,420円

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。