『デミアン/ヘルマン・ヘッセ』

ヘルマン・ヘッセといえば『車輪の下 (新潮文庫)』だという人も少なく無いだろう。

かくいう私も、ヘッセの作品は『車輪の下』しか読んだことがなかった。
村で評判の優秀な少年が、エリート神学校に優秀な成績で入学する。
その神学校での生活を重ねるうちに、周囲の期待に応えるべく努力を重ねてきた自身のこれまでの生き方に疑問を感じる。

そして学校をやめてしまった少年は、憂鬱な期間を過ごした後、生まれ故郷で肉体労働を始める。
しかし、その少年の辿る末路は哀しいものだった。

といった内容だ。

これを読んだ当時の私は、主人公のハンスに大いに共感し、同時にヘッセ自身にも大いに共感した。

その後ヘッセの作品に触れる機会はなかったが、ふとしたきっかけでこの『デミアン』に出合った。

はじめのうちは、よくある宗教色の強い古典の印象を拭えなかった。
場面設定としてはやや時代錯誤感があり、馴染めない表現も多い。
よほど集中して読んでいないと、文章の中に散りばめられる普遍的な主人公の苦悩は読み解けない。

けれど、物語の後半、ある文章が私を貫いた。
この一節は、ー少なくとも今の時点ではー、私の生き方の指針となるものだった。

それは、これまで人間が築いてきたもの、神話信仰、伝承的信仰形式、ともかく既に発見されたものに対して分析をほどこし、熱く語る友人に反抗の言葉を浴びせた直後、新しく未だ経験したことのないものを求める主人公シンクレールが至った悟りについてだった。

ここで突然鋭い炎のように一つの悟りが私を焼いた。
ー各人にそれぞれ一つの役目が存在するが、だれにとっても、自分で選んだり書き改めたり任意に管理してよいような役目は存在しない、ということを悟ったのだった。
(中略)
しばしば私は未来の幻想をもてあそび、詩人としてか予言者としてか画家としてか、あるいはなんらかのものとして、自分に定められているかもしれない役割を夢想したことがあったが、それらはすべてむなしかった。
私は、詩作するために、説教するために、絵をかくために、存在しているのではなかった。
私もほかの人もそのために存在してはいなかった。
それらのことはすべて付随的に生ずるにすぎなかった。
各人にとってのほんとの天職は、自分自身に達するというただ一事あるのみだった。
(中略)
肝要なのは、任意な運命ではなくて、自己の運命を見いだし、それを完全にくじけずに生きぬくことだった。
(中略)
それは百度も予感され、おそらくもういくども口に出されたものであろうが、体験されたのはいまが初めてだった。

それは、「詩人になるか、でなければ、何にもなりたくない」と言って神学校を脱走したヘッセ自身が悩みぬいた末に辿り着いた答えだったのだろう。
それはあるいは答えではなく、なんとか自身が今を生きていくことを許すために、彼自身が発明した言葉なのかもしれない。

自分は、今のような仕事をしていていいのだろうか。
これはわたしが生きるべき道なのだろうか。
結婚して子どもが生まれたら、自分の道である「文章に触れる」時間がなくなるのではないか。
自分が付き合う友はこれでいいのだろうか。
わたしは、何として生きればよいのだろうか。

こういった悩みを、ヘッセは下記のように一蹴する。

自己の運命を見いだし、それを完全にくじけずに生きぬくことだった。
ほかのことはすべて中途半端であり、逃げる試みであり、大衆の理想への退却であり、順応であり、自己の内心に対する不安であった。

つまりは自分自身を突き詰めて生きるということが肝要であり、それ以外の例えば自分がどのような職業で身銭を稼ぎ、何に時間を割いて生きていくかということに悩むことはあくまで「そうでなかった可能性に逃げている」に過ぎないということになろう。

これは本当に衝撃的な発見、かつ救いをもたらす内容だった。

どのように生きようと、わたしは「わたし」という自己を突き詰めていくことしかできない。
そう知った瞬間、ふっと肩の荷が下り、楽になった気がした。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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