『ナイフ/重松清』

重松清氏の文章を読むと、いつも感じることがある。

それは、「やけにリアル」ということだ。

小学生の小さな見栄、中学生のゲーム感覚のいじめ、引きこもりの息子を持つ親、かつてなりたくなかった母親像になっている自分、娘の気持ちがわからない父親。

周りからみると、どこにでもあるような話。
けれど、本人たちにとっては極めて深刻で、初めての経験。

ズルい自分と、やるせなさと。
悲劇の主人公になれるほど悪い境遇ではないけれど、生きているといろいろある。

あの時あの選択をした自分は、正しかったのだろうか。

今の俺は、カッコいいだろうか。

子供の頃になりたくなかった大人に、なっていないだろうか。

子供にも子供だけの世界がある。

先生に怒られたくなくて、友達を悪者にしちゃう気持ち。
「いい子」で居続けるのは、案外骨の折れる事なのだ。

いじめられていることを親に知られたくなくて、無理して明るく振る舞う気持ち。
助けて欲しいんじゃない。学校に乗り込んでなんか欲しくない。
私はかわいそうなんかじゃない。
恥ずかしい。

子供にだってプライドはあって、自分がいじめられているだなんて認めたくない。
周りの奴らはみんなガキで、私はただ運が悪かっただけ。
どうせみんなすぐに飽きるんだから、ただそれを待てばいい。

そうして、次々に標的は変わっていくけれど、自分だけは遠巻きに見ることを決め込む子もいる。
でも、逃げられない。
いじめに加担しなかった子は、「裏切り者」だから。

思えば、小中学校の世界が一番えげつなかったかもしれない。
論理が通用しない、感覚的な世界。
そこには明確なヒエラルキーが存在して、それはしばしば簡単に入れ替わる。

誰しもそんな少年少女時代を送ってきたはずなのに、どうして先生もお父さんもお母さんも、そのことを忘れてしまうのだろう。
どうしてそんな何の解決にもならないやり方でしか、関われないのだろう。
助けてなんかいらない。余計なことをしないで。

大人になったら見えなくなってしまう微妙な心理を、細部に至るまで正確に描写する。
重松清とは何者なのだろう。

きっとだれもが、彼の語る物語には、身に覚えがあるはずだ。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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