『伊坂幸太郎』

好きな作家、と聞かれて、複数挙げていいのなら。
あるいは、聞かれた相手によっては、わたしはこう答える。

「伊坂幸太郎。できれば人のあまり死なないやつ」

彼はミステリー作家と言われるものの、どこか他のミステリー作家とは一線を画する。
その作品において、事件の解決というのはもはやオプション的立ち位置とも言えるところにあるように思える。

印象に残るのは、個性的なキャラクターとその発言。
そして、巧みな伏線とその回収なのではなかろうか。

けれど、彼の10周年を記念して発刊された本著を読んで、彼がいかに試行錯誤を重ねながら作家としてのキャリアを積んできたかが垣間見えた。
言い換えれば、自己の既存のスタイルへの固執のなさというか、新領域への挑戦みたいなものだ。

意外にも思えたのが、その柔らかで謙虚な人当たり。
伊坂幸太郎作品は、世界の不甲斐なさというか、理不尽に対する苦言のような文言が散見されるので、もっと尖った人だと思っていた。

18歳の時に初めて書いたという小説が書き下ろしで掲載されていた。
小説家の多くは、幼い頃から読書家の人が多い。
わたしも結構本を読む人間だと思っていたのだけれど、まだまだ上には上がいる。

システムエンジニアとしてのサラリーマン時代を経ているだけあって、リアルに人の心に刺さる表現をする。

そして、何より「巧い」。
物語の角度、見せ方が絶妙で、読んでいると心臓が小躍りしてくるのがわかる。

「伊坂作品はわかりやすい」――。
これは、伊坂幸太郎が目指してきたことでもあり、脱却したいことでもあったのだという。
小学生が読んでもわかるようなストーリー展開や言い回しが受け入れられる一方で、「読む人が読めばわかる」といったハードな作品も生み出してみたい。

そこには、謙虚で優しい表の顔とは違う、静かに燃える作家としてのこだわりが見えた。

あまり作家を特集した本やインタビューなんかは読まないのだけれど、この本をぱらぱらとめくるうちに、ますます伊坂幸太郎に惹かれているわたしがいたのだった。

読了して日が経ってしまっている作品、もう一度読みなおしてみよう。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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