『かもめ食堂/群ようこ』

フィンランドでレストランを経営する――。

と言ったら、いかにもおしゃれな響きがする。

わたし自身も馴染みのある、フィンランド・ヘルシンキを舞台に、ある日本人女性がレストランをオープンする。
正直言って、オープンに至る経緯にはかなり現実的に無理がある。

「ありえない」とわたしたちが感じる時、二種類の種類があるように思う。

一つ目は、物理的なあり得なさ。
つまり、魔法が使えるだとか、タイムマシーンだとか、その手のこと。

そして、もう一つが、確率的なあり得なさ。
確かにあり得るのかもしれないが、そんなうまい話は世の中そうないだろう――。という非現実感。
主人公がレストランオープンに至る背景には、そういうあり得なさがあった。

そこに若干の設定の無理を感じながらも、何とか読み進めていく。

そこには、フィンランドという文化も歴史も異なる場所で、人に自分の料理を食べてもらうことで生きていこうとする、頑固とも言える女性の姿があった。

人は、どういう時に海外に飛び出すのだろう。
それも、寒いフィンランドに?

日本にいても自分は何者にもなれない、という現実から逃げるため?
単純に異世界に飛び込んでみたいという好奇心?
新しい自分の可能性を探るため?
それとももっと合理的な理由なのだろうか?

本著では、少なくとも日本にいくばくかの不満を抱えた女性たちが三人寄ってフィンランドの人々の日常になんとかかんとか溶け込んでいく姿が描かれている。

日本スタイルにこだわった「おにぎり」が現地の人に受け入れられず、もどかしい思いをする場面もある。
文化を異世界に持ち込む時、どこまで現地スタイルに歩み寄るかというのは、一つの難しい決断を迫られる場面かもしれない。

フィンランド人は、見知らぬ人にはそっけない。
初めてフィンランドに言った人は、そう感じるかもしれない。

けれど、実はそうではない。
フィンランド人は、もちろん個人差はあるものの、総じて実はものすごく義理堅くて、温かい人たちである。
ただ、ひどくシャイなのだ。

そういう意味で、彼らはアメリカ人よりも日本人にシンパシーを感じる、としばしば言う。

フィンランドへの親近感を持ちながら、軽くふわふわとした気持ちで楽しめた一冊だった。

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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