『国境の南、太陽の西/村上春樹』

読んだことのある一冊だった。
特に印象にも残っていない本だった。
なのになぜかふと、もう一度手に取ってみたくなったのだ。

その結果、涙がでるくらいぐさぐさとわたしの心に刺さってくることになった。
現実を見た気がした。

「考え過ぎだよ」
いつもそう言われる。
それは、そんなにも悪いことなんだろうか。
その度に自分は欠陥品であるように感じていた。
と同時に、深く物事を考えていない人たちをどこか小馬鹿にしていた。
それは、社会に上手く馴染むことのできないわたしの、精一杯の強がりでもあった。

村上春樹は、自分を楽観的だという。
わたしにはそれがうまく信じられない。
「楽観的な」人が、これほどまでに人生の切なさ、獲得と喪失の表裏性、選択と運命なんかをありありと描けるものだろうか。
あるいは、彼が楽観的だからこそ、こんな風に文章にしてしまっても彼がこの社会でうまく生き続けることができているのだろうか。

僕は職場ではほとんど機械的に与えられた仕事をこなし、あとの時間はひとりで好きな本を読んだり音楽を聴いたりして過ごした。
仕事というものはもともとが退屈な義務的作業であって、それ以外の時間を自分のために有効に使って、それなりに人生を楽しんでいくしかないんだと僕は考えるようにした。
だから僕は仕事場の仲間とどこかに飲みに行ったりするようなこともしなかった。人づきあいが悪かったり、みんなから孤立していたというわけではない。ただ僕は仕事以外の時間に会社以外の場所で、同僚たちとの個人的な関係を積極的に発展させようとはしなかっただけのことだ。できることなら、自分の時間は自分ひとりだけのためにとっておきたかった。(P70)

この部分に、わたしはひどく共感した。
けれど、この主人公とわたしの決定的な違いは、さみしがりやであるということだ。
だから、うまく誘いを断れない。仕事は仕事だとうまく割り切れない。
頑張りすぎてしまう。
そのくせ、自分の時間はいっちょまえに確保したい。
だから、肉体と精神のバランスを崩す。
要は、欲張りなんだ。
いい加減そろそろ、自分らしい生き方に立ち返る必要があるのかもしれない。
けれど、自分がもう少し強くなることを期待して、わたしは今を維持するために「ガンバって」いる。
それは、言うほど悪いことじゃないかもしれない。
結構キツいけれど。

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ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
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