『三月は深き紅の淵を/恩田陸』

恩田陸という人の、新たな深さを知ってしまった。
いったいこの人の頭のなかは、どうなっているのだ?

『三月は深き紅の淵を』そうタイトルの付けられたこの本は、まさしく同じタイトルのついた伝説の本を巡って、数少ない愛読者がめくるめく想像を繰り広げたり、あるいは物語を書いた人物を匂わせる人物の死に様であったりが描かれてゆく。

その本は確実に存在するのに、決してその中身には触れられない。
読書好きにとっては、目の前に人参をぶら下げられたまま走り続けているかのような気分になるのだ。

そして、この本自体も四章立てになっていて、最後の章には、『三月は深き紅の淵を』の作者がその構成を練っている姿が描かれる。

結局、『三月は深き紅の淵を』という本の中身は明かされない。
その中身をちらりちらりとのぞかせながら、そしてその本をめぐる作者の存在も謎のまま。

最後の章に作者が登場するものの、それは『三月は深き紅の淵を』の作者の独白のような、はたまた恩田陸自身の独白のような、不思議な感覚を覚える。
いったいここは、幾重に世界が重なっているのだろうか。
最後の章は、『麦の海に沈む果実』とリンクしている。

一人称が誰なのか、この入り組んだ物語の中では判然としない。

恩田陸という人は、きっとかなり深い自分だけの世界を持っている。
そして、それを言葉にする才能も持っている。
しかし、時としてそれは複雑に過ぎて、読者を混乱させる。

今回の作品は、恩田陸なりの「整理」だったのかもしれない。
あまりにも盛りだくさんで、それがひとつの物語性を獲得する前に世界が弾けて飛んでいる感じがする。

そして、解説でも語られているように、最終章では、恩田陸が珍しく登場人物に自分自身を投影させて書いている気がする。

彼女にとって、重要な、極めて個人的なテーマはずばり『ノスタルジア』である。
あらゆる意味での懐かしさ。
それは心地好く切ないものであるのと同時に、同じくらいの忌まわしさにも満ちている。
彼女は幼い頃から世界というものに対して漠然とした郷愁を抱いていた。
郷愁という言葉が誤解を招くのならば、世界というものがぐるぐると大きな円を描いて、時間的にも空間的にも循環しているという感触である。
デジャ・ヴとはまた少し違うのだが、そういう感覚が幼年期の彼女をかなりの部分で支配していた。今ではそんな感覚が日常生活に占める割合は少なくなったものの、たまにそういう感覚がざぶんと押し寄せるとパニックに陥る。その感覚をなんとか目に見えるものにしようと、彼女はワープロを前に悪戦苦闘するのである。P343

そういうことも手伝って、この第四章に関して言えば、恩田陸自身のあとがきのように見えなくもない。
しかし、やはりそこには恩田陸とは別の、『三月は深き紅の淵を』を書いた作者が存在するのだ。

恩田陸にとって、「作者」とは何か。
その答えは、「不在」なのではないかと、わたしは読み取った。
彼女は、あえて作者を不明瞭にさせんとしているような。
その事実は、実際に文章の中にも現れる。

「あたしさあ、子供の頃、本読んでても、誰々作、って意味が分からなかったの。本に作者ってものがいることに気付かなかったのね」P161

たしかに、小説にのめりこめばのめり込むほど、言い換えればそういう独特の世界を持った良い小説であるほど、「作者」ってものは見えなくなってくるのかもしれない。
小説。
その有り様。
存在意義。
それに対して、恩田陸はやはり答え(あるいは答えのようなもの)を見つけている。
登場人物に語らせる、彼女なりの定義。

やはり、人間というのはフィクションを必要とする動物なんだな。
まさに、その一点だけが、人間と他の獣を隔てるものなのかもしれない。P55

フィクションを求めるのは、人間の第四の欲望かもしれない。
なんのために?
たぶん、想像力という他の動物にはない才能のためだろう。フィクションを求めることで、我々は他の動物たちと袂を分かったのだ。
我々の向かうところは分からないし、最終的に何を用意されているのかは分からないが、その日から我々は孤独で複雑で不安定な道のりを歩み始めたのだ。P373

そういう言葉の端々に、恩田陸がこの作品と通じて、改めて自分自身を確かめているような気がしてならない。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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