徹底的な非現実感と圧倒的な現実の投影『オーデュボンの祈り』伊坂幸太郎

伊坂幸太郎。

彼は私の中で、ミステリー作家としては異色の人物という印象がある。

彼の作品では、たしかに人が死んでいる。

そして、その謎を読み解き、犯人を見つけ出す過程が存在する。

重苦しい内容ではあるのだろうけれど(ある種の軽快な探偵ものであるとは言えないし)、殺人そのものの事象はあまり重要視されていないような気がするのだ。

東野圭吾氏の作品のような、科学的実証や証拠をパズルのように嵌めこむのでもない。

なんというか、「死が何かのメタファーになっているような感覚」とでも言うのだろうか。

登場人物の発言に見え隠れする彼らの人生観、著者の世界へ向けた強烈なメッセージが伝わってくる。

そんな大好きな作家の一人である伊坂幸太郎氏の作品の中でも特に好きなのが、彼のデビュー作。

※本記事は引用を含みます

ミステリー好きの父には残念ながらこの良さがわかってもらえなかったけれど、この本の「徹底的な非現実感と圧倒的な現実の投影」を同時に成し得ている感じが、なんともたまらないのだ。
マニアックな興奮であるかもしれない。

私がこの本の中で一番好きなフレーズをご紹介したい。

優午はカカシなのに鳥贔屓だ

優午、というのはこの小説のカギを握る「喋るカカシ」

まず、私たちはカカシが喋ることを受け入れなくてはならない。

もちろんカカシが喋るはずがない、と思いながら物語を進めることはできるし、疑いを拭い切れない登場人物もいる。

しかし、物語の最後で全てが繋がる時、このフレーズが大きな意味を持つ。

全てが走馬灯のように駆け巡る快感。

3つ4つの場面がどんどん切り替わるが、小説自体に駆け足の感はあまりない。

オーデュボンの祈り (新潮文庫)
やや古い作品だが毎日駆け足で過ごす私たちの足を止め、大切な何かに気づかせてくれる一冊かもしれない。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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