『サウスポイント/よしもとばなな』

「よしもとばなな的状態」
わたしはそう呼ぶことにしているのだが、よしもとばななを読むのに最適なシチュエーションというのがある。

それは、物理的な環境にしてもそうだし、己の精神状態にもよる。

自分の中で、何かが散らかっている時。
早すぎるスピードに、ついていけなくなる時。
目の前のものごとひとつひとつが持つ、「声」みたいなものが聞こえなくなりそうな時。
深く息ができなくなっている時。
青い空を見上げて、窓から吹き込む風を感じて、気づかないうちに季節が変わろうとすることにやっと気づいた時。

「あ」と思う。
「そろそろ、よしもとばななを読む時だ」

そして、わたしは苦労してでもつくりだす。
腰を落ち着けて、静かに、時間を気にせず彼女の本に身を委ねられる時間と環境を。

今回のそれは、夏休みに家族で行った伊勢旅行でのひと時だった。
わたしたち家族は、一緒にいてもそれぞれが自分だけの時間を持つことができる。
そういう程よい距離感を、長い時間をかけて見つけてきた。

眠る前のひと時。
チェックアウトをする前の、コーヒータイム。
よしもとばなな

そういう要素が、わたしを深い世界へ入り込ませてくれる。
呼吸が深くなり、空気の味を感じる。
肌に触れるすべてを敏感に吸収していくかと思うと、ふっと意識は肉体を離れる。
そんな体験を、彼女の言葉は与えてくれる。

外にいる時の私はいつも息をつめているようなところがあった。周囲のスピードについていけなかったが、何とか合わせていたのだろう。その疲れのようなものがたまっていた。ひとりになりたかったのだ。P39

TVやドラマや雑誌やマンガはだいたいのところうそっぱちだ。
世界は恋愛だけでできてやしないんだ、そんなに雑なものではないんだ、もっときめ細かな夢のようなもので、ひとつの糸は必ず布全体につながっているんだ、そういうふうにも思った。P52

でももしも私が神様だったら、あの時虚勢をはって、いろいろなことをわかったふりするので精一杯だったあの女の子に、こういうだろう。
「人生はうんとはじめのころに至福のほとんどを知るものなの。人によって違うけれど、至福の鋳型はそのときに作られる。そしてその後はほとんどずっとそれを取りもどすための戦いなの」P53

大人になってから自分で決めること。あのとき選ぶに選べなかった道がもう一回目の前に、形を変えてやってきた。
もしかしたらこの人たちはすっかり元気になったら私を邪魔者扱いするかもしれないという恐れが私をひやりとさせた。
人間ってそういうものだから。
でも、今を創ることが未来を創るのだ。そうなったらそのときの自分にたっぷり悲しんでもらえばいい。P190

ああ、そうだったのか。
わたしは、知らないうちに、こんなにも色々な感情や体験を内に閉じ込めていたんだなぁ。
この人の本を読む度に、そんな気持ちにさせられる。

The following two tabs change content below.
ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。