記号との対話

僕は、とある化粧品会社のWeb制作担当者である。

毎日12時間程デスクに座り、キーを叩き続ける。

もしここにコンピュータがなかったら、僕は気が触れたみたいに一日の大半を机をタップして過ごしていることになる。

そう考えると末恐ろしい。

可能性の話はやめにしよう。
今日も黙々とコードを打ち込みつづける。

僕はこの仕事が比較的気に入っているのだ。

僕の仕事は、ゴールとそこまでの道筋がハッキリ見えるからいい。
<a href=“”></a>でリンク先を指定すれば、何処へでも飛ぶことが出来る。
とは言っても、飛ぶ先は決まっているのだけれど。
リストを作るという意味の<OL><UL>がなんだか双子の兄弟みたいに見えてくる。
僕はコードでいうと、どいつになるのだろう?
<center>だといいな。僕の前では誰も左右に偏ることはできない。ストレートどまんなか固定!
ははは、愉快愉快。

そうやって、決まったデザインをコードにしてゆく。
翻訳よりも、個性がない作業。
個性なんて要らない。誰にでも出来る仕事は嫌だけど、僕は仕事で自分を表すつもりはない。

高校生の時、郵便局の年賀状仕分けのバイトをやった。
淡々と、ほとんど無感情に宛先を読み取り、仕分けていく作業が僕は好きだった。
今ではそういう無機質な作業の大半は、血の通わないロボットがこなしているみたいだけれど。
いつかロボットが、人間の無機質な仕事をぜんぶ取ってしまったとしたら。
人間は、個性のある創造的な仕事でしかロボットに勝ち目がなくなったら。
僕はけっこう悲しいかもしれない。

いや、もしかしたらクリエイティブ分野でも、人間はロボットに跪く時代がくるのかもしれない。

隣でアルバイトの女の子が、これまた黙々と作業している。
彼女の仕事は、毎日100通も届く「お客様の声」をただただ、スキャンしてブログにアップし続けること。
「お客様の声は天の声だ」という社長の意向らしい。

彼女がケラケラと乾いた声で笑いながら僕につぶやく。
「ねぇ、◯◯さん。このブログ、もう期限が切れてる内容が入っていますよ。こういうの、ちゃんと更新したほうがいいんじゃないでしょうか? あと、やみくもにお客様の声をアップするだけじゃなくて、どの商品に当てられた声なのかカテゴリーに分けたり、読む人が自分事って思えるような内容も盛り込んだほうが反応あると思うんだけどなぁ〜。私だったらメイク法とか、お手入れ法とか、カンケーないかもしれないけど1分エクササイズとか入れてくれたほうがブログ読むけどなぁ。あれ、私ってここのターゲット層じゃありませんかぁ〜?」と、あたかも自分がこの会社の幹部にでもなったかのような視点を披露する。
「やめときなよ。時給以上の仕事をしても、時給が上がるわけじゃないし、決められたこと以外のことをして失敗したら、君クビになるよ」
彼女の名前は何だったっけ、と思いながら僕はパソコンから目をそらさずに応えた。

「別に、そろそろバイト変えよっかな〜って思ってたし。ほら、駅前にできた、歌を歌いながらアイスクリームを作るお店、楽しそうじゃないですか〜? こうやって机に座ってずーっとパソコンなんて、なんだか楽しくないし、時代遅れですよ。ユー、アー、ワーキング、オン・ザ、テーブル!!!!」
彼女は一度しゃべりだすと、長い。親の庇護のもとに暮らす連中はなんともお気楽なものだ。
僕はもう何も答えなかった。
代わりに「その通り。<table>タグはもう時代遅れなのだ」とわけのわからないことを独りごちた。

あとがき

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