母の日プレゼントは悩みの種

 日本では、樹々が申し合わせたように新緑に包まれる初夏のある日曜日、僕はスロベニアに住むガールフレンドの「マーサ」と週に一度のスカイプに興じていた。大学二年生の時に日本で一年間留学していた彼女と当時四年生だった僕は、異なる国籍を持つ者同士にありがちな単純な好奇心によって距離を縮めた。
 「目が青くて髪がブロンドなら誰でも良かったんでしょう?」と僕が社会人一年目の時、日本に遊びに来た彼女が僕に冗談半分でそう告げたことがある。

 「もちろん違うよ。君じゃなきゃだめだった」日本語なら到底言えそうもない恥ずかしい台詞を吐きながら、僕はそのきっかけが彼女の外見にあったことを、内心認めないわけにはいかなかった。

 そんな彼女と僕の関係も、この春で四年目を迎えた。僕の卒業直前に付き合うことになった僕らは、卒業旅行と称して二人でスロベニアを訪れた。当時日本に来て半年、軽いホームシックにかかっていた彼女にとっても、それはいい里帰りのチャンスだった。
 群青色のペンキをぶちまけたような湖の上にお伽話に出てくるような教会がそびえるブレッド島を対岸から眺めながら、「こんなところで結婚式を挙げられたらいいなあ」とため息混じりに言う僕に、「もう何度も親戚の結婚式で来て飽きちゃった。京都がいいよ、タダスノモリ」と彼女は返した。

 あれから丸三年と少し。僕たちはお互い精いっぱいの努力をして関係を続けている。遠距離恋愛というものは、適齢期を迎えつつある男にとって時としてきついこともあった。疲れた体をじかに癒やしてくれるぬくもりはなく、彼女の存在が目の前の女性を諦めさせることもあった。それでも彼女と別れるなどという可能性は考えもしなかった。たぶん、日本人女性よりもスロベニア女性の方が遠距離恋愛に向いている、と僕は思っていた。あと国際恋愛にも。
 僕は彼女と結婚してスロベニアに住んでも仕事が続けられるように、プロの翻訳家並びに欧州商品の通販サイト運営者となった。お金を節約するために、大学時代と社会人生活合わせて六年間の一人暮らしに別れを告げ、実家に厄介になっている。仕事が軌道に乗ったとは、まだまだ言えない。

 「あ、ちょっと待ってて。お父さんとお母さんが出かけるみたいだから、いってらっしゃいの挨拶をしてくる」
 パソコンの画面の向こうで、彼女が席を立つ。

 「ごゆっくり。二人に僕からの挨拶も伝えておいて」

 「はーい。すぐ戻るね」

 北半球の真反対にいるガールフレンドとビデオ通話を無料で楽しませてくれる、人類の努力の結晶とも言えるサービスに、僕は心底感謝している。こいつのおかげで、僕は金のことを気にせずにいつでも(と言っても時差の問題もあるのだけれど)マーサの顔を見ることができた。彼女の声を聞き、近況を知ることができた。
 もちろんそれは完璧な彼女ではなく、彼女をかたどった映像に過ぎなかったわけだけれど、そこには確かに彼女の息づかいがあった。それだけで僕には充分だった。

 マーサが席を立ち、両親と熱いハグをしているであろう間(僕も一瞬でいいから彼女の両親になりたい)、僕はスカイプの画面を立ち上げたままでインターネットを検索し始める。

 母の日が一週間後に迫っていた。毎年、母の日のプレゼント選びには苦労する。一般的に母親という生き物が喜ぶであろうプレゼントは、もうあらかた送り尽くしてしまった。それに、母はよく物を失くす。高価なアクセサリーなんかはあげ甲斐がない。かと言って、毎度毎度食べ物を送るのも芸がない。
 ここ数年は手頃なワインとカーネーションが定番になっていたが、先日どういうわけか断酒宣言をしていた。ひょっとしたら、僕が母の日のプレゼントとしてお酒を選べなくなったら何か気の利いたプレゼントを選べるのか、僕を試しているのかもしれない。こんな時、僕に妹や姉の一人や二人いれば楽だったのに、と僕は思う。僕は一人っ子として、母親の愛情を独り占めして育ってきた。

 母の日に合わせて特集が組まれた通販サイトの画面を眺める。クレジットカードを手に入れてから、母の日や誕生日のプレゼントはもっぱら通販に頼るようになった。女性向けの品が並ぶ店頭で、居心地の悪い思いをしながら商品を物色したり、いらぬ気を利かせて話しかけてくる女性店員にうろたえてくだらない品を購入したりしてしまったことは一度や二度ではない。

 色とりどりの花束。いや花は最後の切り札にとっておこう。

 キッチン用品。これで得をするのは母さんの料理を口にする家族の方だ。

 美容ギフト。あの人はもう山ほど美容グッズを持っている。

 ファッション。だめだ、前に真っ赤なスカーフを買って「還暦のお祝い? 母さんまだ五十よ」と言われたことがあった。

 グルメ。お酒。

 くそ、何を買えばいいんだ。いっそAmazonギフト券ではどうだろう。母さんも好きなものを買えるわけだし。いやだめだ、選ぶ工程にこそ、その人への想いが現れるのだから。

 それにしても、近頃の通販サイトは本当に文字通り「何でも」置いてあるし、見せ方も巧い。自分が運営する輸入商品サイトも見習わなくては。商品数や幅の豊富さはもちろん、ストーリー性をもった商品の組み合わせ方、メッセージを入れられるキャラクターの人形、パソコンにお掃除サービスまである。
 ありとあらゆる母親像を想定されたラインナップに、僕は舌を巻く。これでもし僕が母さんへの贈り物を見つけられなかったら、僕の方に欠陥があると思わなくてはならないような気さえする。僕は幼い頃に母親に贈呈した「肩たたき券十枚綴」を思い出していた。今の僕は、あの頃のように金もかけずに母親を喜ばせる術を知らない。

 「ごめんね、戻ったよ」
 マーサが満面の笑みで戻ってくる。

 「おかえり。今、母さんへのプレゼントを選んでいたんだ。日本には『母の日』って言って、母親に贈り物をする日があるんだ。ちょうど一週間後の日曜日だよ」

 「あら、スロベニアにも母の日はあるわよ。まさに今日だったの。だから今日は、きょうだいみんな早起きをして、ママに素敵なブレックファストを作ったの。それからパパとママ、二人でお出かけしたわ。うちのルールでは、母の日にはママがママであることを忘れられる日なの。とは言っても、午前十時までは子どもたちから贈り物をするんだけどね。パパといると、ママってば『オンナ』になるから」そう言ってマーサは、「オンナ」のところで二本の指を曲げ、強調するふりをした。

 「素敵な考え方だ」僕は心からそう言った。日本では、そういう考え方は一般的じゃない。

 「ふふ、スロベニアでも別に一般的じゃないわよ。うちがそういう考え方を採用しているだけ」マーサが得意気に言う。

 「なるほど。でも僕は、母さんに何かプレゼントしなくちゃならない。そうすることを期待されている」僕は通販サイトの画面を彼女と共有しながら、プレゼント選びの助言を請う。

 「とっても日本人的な考え方ね、陽介。でもあなたのそういうところ、嫌いじゃない」

 大学生になった頃から日本社会に馴染まないと悟っていた僕は、少なくとも自分がサラリーマンとして一生を終えるにはあまりにも日本人の型から外れすぎていると感じた僕は、マーサに出会ってから自分がいかに典型的な日本人であるかを実感することになる。

 「これはどう?」マーサは一本の傘のページを見ながら僕に話しかける。日本人って、傘好きじゃない。
 「僕の母親は、傘をどこかに置き忘れることにおいてギネス記録を立てられるくらいだと思う」僕はこれまで母に忘れ去られた無数のビニール傘のために祈った。

 「じゃあこれは? おいしそうじゃない」彼女は宇治抹茶あんみつの詰め合わせのリンクを僕に送信する。
 「抹茶は別に珍しいものではないし、母の日のプレゼントに果たしてあんみつは最適だろうか。君が好きなことは知っているけれど」

 「じゃあ、これ。手入れもいらないし、枯れにくいんだって。花を贈られて嫌な気のする女性はいないでしょう」
 「花は最後の切り札にとっておきたいんだ。ありふれている感じがするからね」僕は先程考えたことと同じことを口にする。

 「あのねえ、陽介」彼女は明らかに苛立っていた。

 「そうやって、私が何を提案しても文句を言うんでしょう。いいわよ、ありふれていて悪かったわね。何? 今までと違う、何か特別なものをあげたいの? それならあなたの『地獄のレストラン』みたいな料理でも振る舞ってみれば? 私は去年の春から働きだしたけれど、母の日のプレゼントも、誕生日プレゼントも、毎年ちゃんと悩んで、その時にママが喜んでくれそうなものを贈ったわ。前の年がどうとか、ありふれているとか、そんなことどうだっていい」

 「すまない」陽介は素直に謝った。こうなった時のマーサは、変に言い返さずに黙って頭を下げておくに限る。

 「今日はもう終わりにしましょう。これから日が暮れるまで、お母さんのプレゼントのことで悩みなさい。来週の日曜日は今年の母の日、今日はこれまで陽介がちゃんと考えてこなかった分の母の日よ」

 「僕だって考えてなかったわけじゃない。ただなんというか、よくわからないんだ、何をあげたらいいのか」

 「聞いてあげればいいのよ。なんなら、私じゃなくてお母さんにその画面を見せてあげなさい。サプライズじゃなくて、ああでもないこうでもないって言いながら一緒に選ぶプレゼントの方が、喜んでくれたりもするんだから。じゃあね、愛してる」
 そう言ってマーサは一方的に通話を終了させてしまった。

 彼女の言うとおりかもしれない。そういうことがわかるようにならないと、マーサの夫にはなれないのかもしれないな。そう思いながら、僕はラップトップを片手に階下にいる母親のもとへと向かった。


母の日2016|母の日ストア
「花を贈られて嫌な気のする女性はいないでしょう」フラワーギフト
「じゃあこれは? おいしそうじゃない」グルメギフト
「日本人って、傘好きじゃない」傘

あとがき

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