フィンランドのきのこスープはいかが?

マッシュルームスープ

 「ほらシロー、見てみろよ。ここに毒があるんだぜ」

 「もう、冗談はいい加減になさい。シローはまだここに来て三日目なんだから。あなたの冗談に免疫ができていないのよ」

 目の前でユリアとガブリエルの姉弟が、ふわふわと花びらのように舞う陽気な舞茸のような色をした茶色いキノコを自分に見せてああでもないこうでもないと言っている。須藤海史朗(すどうかいしろう)は、二年生に上がった大学の夏休みの後半を利用してフィンランドへホームステイに来たところだった。彼らの苗字はHから始まる何やらわけのわからない読み方で、海史朗はすでに覚えることを諦めていた。

 「なあシロー、俺お前が来る前の日に裏の山に登って、ごっそりキノコ取ってきたんだよ。ほら、このバケツ一杯。感謝しろよ」海史朗よりも五つ歳下のガブリエルは、海史朗よりもはるかに流暢な英語で自信ありげに話す。

 「ね、あたしもブルーベリーたくさん取ってきたのよ。それでアイスクリームを作ってあるから、あとで庭で食べましょう」海史朗と同い年のユリアがちらりと白い歯を見せ、海史朗はどぎまぎしてしまう。

 ここへ来て二日、主にこの家の料理を担当しているらしいユリアの手料理は素晴らしいものだった。「素材がいいから」とはにかむ様子は、海史朗の大学に留学していたアメリカの女の子とは随分様子が違っていた。もしかしたら、フィンランドという国はどちらかというと日本人寄りの性格をしているのではないか? そう思うと、海史朗はこれからの一ヶ月に胸が踊った。

 「俺のスープとサラダが先だぞ。シローに作り方を教えてやるんだから」ガブリエルが海史朗の右肘の少し先を掴む。

 「ありがとう。どっちも食べる」海史朗はたどたどしい英語で二人を交互に見やった。フィンランド語どころか、英語すらも危うい。けれどこの姉弟は、海史朗につきっきりで根気よく会話をしてくれていた。今日は両親を仕事に見送ってから遅い朝ごはんを終え、海史朗と料理をしようとしているらしい。日本では、林間学校くらいでしか包丁を握ったこともない海史朗は、ただ彼らの指示を聞き漏らすまいとするしかなかった。ただでさえ全てフィンランド語表記で、何がなんだかわからないのだ。これから一ヶ月は俺たちといろんなことして遊ぼうな、というガブリエルを見て、彼らは学校の友だちと遊んだりしないのだろうかと思った。

 「よし、まずはこのchanterelles、これ英語でなんていうキノコなんだろうな、とにかくこのキノコを細かく切る。ほれ、やってみな?」

 「こ、こうか?」海史朗は慣れない土地での慣れない作業にすっかり腰が引けていた。中央に向かってふわふわとしたひだがついたキノコは、触ると苔のような柔らかい感じがした。

 「そうそう。で、次は玉ねぎとパセリを同じように刻む。あ、パセリがないな。ユリア、ちょっと庭で採ってきて」

 「あなた、今日はバター焦がさないでよ。一昨日予行で作った時、焦げた鍋の処理大変だったんだからね」

 「はいはい、火力は4だろ? もうわかってるよ」

 ガブリエルは、海史朗が切ったキノコと玉ねぎを、バターの溶けた中くらいの鍋に投げ入れ、塩コショウを振って炒めていく。じきにキッチンに食欲をそそる香りが漂いだす。

 「俺のキノコスープは絶品だからな。腹すかせてろよ」朝食時に海史朗と競うようにして山ほどチーズとハムとパンを腹に収めたはずのガブリエルが、目を細めて言った。

 「だいたい火が通ったら、小麦粉を入れる。量は適当。焦げないように混ぜて、混ぜて」そろそろいいかな、と冷蔵庫から取り出した1リットルの生クリームを惜しげもなく注ぎ入れる。日本ならこの量で千五百円はしそうな、脂肪分の高い生クリームだ。昨日ユリアたちの母親の運転で大きなスーパーマーケットに連れて行ってもらった時、海史朗はその乳製品の種類の多さと安さに驚いた。そしてそれらは例外なく、日本のそれとは比べものにならないくらい美味しかった。

 「あとは一旦ぐつぐついうのを待つ。そしてその間にサラダだ」

 「はい、茹でたキノコと玉ねぎチョップしておいたわよ」ユリアが絶妙なタイミングで材料だけをガブリエルに手渡す。彼女の優しい姉らしさが、またも海史朗の胸を刺激する。ガブリエルが知ったらどう思うだろう。

 「さすがユリア、キートス」彼は姉に向かって自然とフィンランド語で礼を言い、材料を受け取った。

 「あ、ほらもう鍋が」ユリアがすかさず吹きこぼれそうな鍋を救出する。

 「え、もう」ガブリエルが少々慌てている様子がおかしい。

 「よし、順序変更。さきにブレンダーだ」そう言って彼は、キッチンの中ほどにあるコンセントの差込口にブレンダーを取り付ける。フィンランドのコンセントは、なんだか電力まで豪快そうだ、と海史朗は口には出さずに思った。

 「こんなのがあるのか。フィンランドはすごい」見たことのない調理器具に海史朗は思わず漏らした。

 「これ、普通のブレンダーだよ。日本にないわけがないと思うけど。シロー、日本で全然料理しないだろ。さっきの包丁さばき見ていても思ったけど」ガブリエルが痛いところを突いてきた。

 「はい、じゃあブレンダー使ってみな。ここ握りながら混ぜるだけ」彼からブレンダーを受け取り、おそるおそるボタンを握ってみる。

 「うわっ」突如電源の入ったブレンダーが斜めに傾き、鍋のスープが暴れて海史朗にかかった。

 「ご、ごめん」と咄嗟に謝った。普段の海史朗なら、こんな時はまっさきにおどけてみせる。何もかもが慣れないこと、英語でうまく伝えられるかわからないこと、全てが海史朗を内気な日本人に仕立てあげていた。

 「ダイジョーブ、ダイジョーブ」
 ガブリエルの口から聞き慣れた日本語が発せられた。驚いて海史朗が顔を上げると、「問題ないってことだろ、あってる?」とガブリエルが目をくりくりさせていた。

 「うん、ダイジョーブ」海史朗はほっとし、大きくうなずいてみせた。

 海史朗の手からブレンダーと鍋を受け取り、ガブリエルは慣れた手つきでブレンダーを扱ってみせた。その間、海史朗はユリアに指示を受けながらサラダの材料にクリームチーズと絞ったレモン、塩を混ぜた。

 フィンランドに来て二度目の三人での昼食は、フィンランドで一番おいしい種類(だとガブリエルが豪語する)のキノコのスープと、同じくキノコのサラダになった。スープにはキノコの旨味が存分に引き出され、中毒になってしまいそうなほど美味しかった。「毒がある」と言ったガブリエルの言葉もまんざら嘘ではない。脂肪分の高いクリームのみのスープも、フィンランドの乾いた気候が影響しているのか、それとも皆で作ったスパイスが効いているのか、不思議とさらさらと何杯でも飲めた。サラダはつん、とした玉ねぎの酸味に、クリームチーズのまろやかさとキノコの歯ごたえが絶妙だった。三人はほとんど無言で目の前のものを口にし、四角いカゴに山と盛られたパンがみるみるうちになくなった。

 「うまかったあ」海史朗は他に言葉が思いつけなかった。

 「パパとママのぶん、なくなっちゃったね。また晩ごはん考えないと」ユリアが残ったパンにスープを染み込ませながら言った。

 「俺、スープとサラダの店開こうかな。海史朗に経営学教えてもらってさ」ガブリエルが歯に刻んだキノコを覗かせて言った。

 「あなた、スープだけは本当にうまいものね」

 「じいちゃんに教えてもらったからな。まあでも、ブレンダー買ってもらうまでは面倒で作ってなかったけど。あれ、スープもオニオンチョップもできるから便利だわ」

 「俺、ブレンダー買おうかな。日本で」ふと思いついて、海史朗はスマートフォンを見せながら隣に座るユリアに言った。

 「いいんじゃない。この色素敵」ふわり、とユリアの髪が海史朗の頬にかかる。

 「こんな種類のキノコも、こんなに美味しいクリームもないけどさ、日本にある材料でできないか試してみるよ。ほら、将来のガブリエルの店のためにも」

 「まじかよ! お前いいやつだなあ」ガブリエルが海史朗の肩に大きくのしかかり、海史朗は持っていたグラスを落としそうになる。

 「こういう形のキノコ、日本にもあるんだ。いろんな種類混ぜてみてもいいかもしれない」

 「クリームのこくが足りないなら、クリームチーズをスープに混ぜてみてもいいかもね」ユリアが横からアドバイスを挟んでくれた。

 「よおし、このスープだけじゃ店にならないからな! シロー、明日からスープのレシピ片っ端から試そうぜ」ガブリエルが俄然本気になった。

 「パパが、来週はシローとキャンプカーで北の方に行くって張り切っていたから、その時に何か作ってあげてもいいかもね」と言いつつ、ユリアがデザートを取りに冷凍庫の方へ立つ。

 海史朗は、これから始まってゆく一ヶ月に胸がうきうきと騒ぎたてているのを感じた。


ムーミンのスープマグコンプリートセット、使えずに本棚に飾っています…笑

あとがき

この物語を楽しんでいただけましたか?
フィンランドのマッシュルームスープは、とってもコクがあっておいしくて大好きです!
日本で作るなら、舞茸とシイタケを混ぜるといい感じな気がしています。
スープは生クリームじゃなくて牛乳でも、クリームチーズを少し混ぜるととてもコクが出ます。
よかったらお試しください♪
ちなみに、マッシュルームを使ったレシピはこちらで紹介されていました!
きのこのクリームスープ | 村田裕子さんのレシピ【オレンジページnet】プロに教わる簡単おいしい献立レシピ

面白かった! ほっこりした! と思ってもらえたら、以下のリンクよりnoteを購入(100円)していただけると活動の励みになります(*^^*)
※内容は同じです

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍、ペーパーバック(紙の書籍でお届け。POD=プリントオンデマンドを利用)
販売価格:電子書籍450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)、ペーパーバック2,420円

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。