夜のお茶会 〜後編〜

ガトーショコラ

このお話は、前編と後編に分かれています。
「夜のお茶会 〜前編〜」はこちらをご覧ください。

 もう小一時間もすれば同僚たちがリナの家にやって来る。その実感は、何よりもいい目覚ましになった。普段は寝に帰るだけのリナの家には、幸いにして物が少なかった。

 こんこん。ドアベルのないリナの家のドアが叩かれた。

 「え」リナは思わず声を出してしまう。まだ北向たちが来るには早いはずだった。宅配便が来る予定もない。リナは恐る恐るドアのほうへ近づいていった。

ドアの覗き窓から外を見ると、そこには加奈ゆうが立っていた。

 「加奈ちゃん」リナは驚いてドアを勢い良く開けてしまい、すんでのところで加奈に扉をぶつけるところだった。

 「まだ時間にもなっていないのに、押しかけてしまって申し訳ありません」九十度に体を折り曲げた加奈の手元には、馬鹿に大きな荷物がぶらさがっていた。

 「それに、まだお休み中でしたか」加奈のその言葉に、リナはようやく自分がまだパジャマ姿のままだと気がついた。

 「あ、ちょっと上がって待ってて。すぐ準備するから」そう言って加奈を部屋に押しこめ、再び扉を閉めた。

 「加奈ちゃん、すごい荷物だね。何持ってきたの?」自然な流れで、リナは加奈の巨大な手荷物にふれた。

 「コーヒーミル、それとドリッパー、あとそれでは大人数に間に合わないので、コーヒーメーカーも持ってきました。それと学生の時に買った安いものですが、エスプレッソマシンも」加奈は大きな紙袋から次々に器具を取り出していった。

 「加奈ちゃん、カフェでも開くつもりだったの?」リナは驚きを隠せずに言う。

 「まあ、いつか遠い将来にでも。カフェチェーンには就職できませんでしたし」リナは初めて聞く加奈の夢らしきものを、意外に思った。この子、夢とかあるんだ。
 そしてその言葉は鏡となって自分に跳ね返ってきた。わたしには夢なんてあるんだろうか。

 今の会社で働くことに不満はない。同僚も気のいい人たちばかりだし、仕事もやりがいがある。けれど、これがこれから何年も、何十年も続くことを想像すると、途端に怖くなってくるのだ。そこにはわたしが含まれているはずなのに、わたしはいなかった。どうしてもうまく想像できないまま、ただ日々だけは淡々と過ぎていくのが怖かった。そんなふうにして、わたしは何者にもなれないで、ただ歳を重ねてゆくのだ、と。夢を応援する会社に勤める人間に夢がないなんて、冗談にしてはできすぎている。
 カフェなんて、儲からないじゃん。リナはそのもやもやした胸の塊を、ひとまず自分の奥底に押し込めてしまうことにした。そんなの、「ゲンジツテキ」じゃないじゃん。

 「素敵なお部屋ですね」加奈が部屋をぐるりと見回して言った。「無駄なものがなくて、ユラリナさんぽい」

 「ものがあるのが嫌いなんだ。ごちゃごちゃしていると、気が散るの。それに、人間って案外ものが少ないほうが快適に過ごせる気がしない?」

 「そう、かもしれません」加奈は肯定もせず否定もせず、あいまいに頷く。

 「ユラリナさん」そして今度は、きりりとした表情でリナのほうに向き直った。やっと着替えを終え、化粧に半分とりかかった状態のリナは、少しだけ顔を上げて加奈のほうを向いた。
 「今日、早く来ちゃってすみません。ご迷惑かと思ってぎりぎりまで連絡をためらってたら、家の前まで来ちゃって」

 「加奈ちゃん、そういう気遣いはできるのにね」リナは軽い冗談のつもりでそう言った。

 「やっぱり私、人を不快にさせてしまっているんでしょうか」加奈はいつになく神妙な顔持ちでリナを見つめていた。

 「どうしたの急に」

 「私、人と話す時は、自分と話す時間がその人にとって少しでも有益になるように、正しい情報をお伝えするように心がけています。スケジュールには遅れが出ないように、遅れている人のフォローをしているつもりだし、無駄なことで話しかけたりしないようにもしています。書類には不備がないように注意しているし、お客様にも無責任に中途半端なことは言わないように、と思っています。人と付き合う時は、本当に注意しています。学生の頃はそんなことありませんでした。愛想がなかったからか友だちも少なかったけれど、それで誰かに嫌われているという感じはありませんでした。それでも、就活の時にコミュニケーションが取りづらいって言われて、自分を変えようと思ったんです。それなのにこのあいだ、たまたまお客さんの中に学生時代の知り合いがいて、全然変わらないねって言われて。よく会社に採ってもらえたねって。北向さんや小寺さん、もちろんユラリナさんも、みなさん本当に良い人で、私は感謝しているんです。でも、もしかしたら皆さんを不快にさせているのかもしれないって、嫌われているのかもしれないって思うと、怖くて。こんなコミュ障な私がカフェなんて、笑っちゃいますよね。くだらないですよね」

 「ちょ、ちょっと待って」カードを次々にめくるように矢継ぎ早に言葉を放つ加奈を、リナは手で制した。

 「いいじゃない。夢、あるんじゃない。何まわりの言うこと気にしてんの。夢があるって、それだけでもうすごく幸せなんだから。探しても探しても全然見つからなくって、ずっと焦りながら時間だけが過ぎていく人だっているんだから」言うたびに自分の胸がちくちくと痛んだ。

 「ちゃんと向き合いなよ。自分の夢、自分で笑ってどうすんのよ。自分でくだらないなんて言って、どうすんのよ。自分だけは信じてやりなよ。まあ確かに愛想が良いとは言えないけど、あんたいいやつだよ。みんなわかってるよ、それくらい」こんなセリフを吐いているのは、DreamItの社員としてだろうか、それとも由良リナとしてだろうか。

 目の前で、加奈がぼろぼろと泣き出した。

 「ちょっと、泣かないでよ。泣くことじゃないじゃない」

 「ユラリナさんって、いい人ですね」

 「はいはい」リナは目の前の優秀な新入社員の頭を撫ぜた。

 がんがんがん。リナの家の扉が乱暴に叩かれ、リナたちは二人してびくりとした。
 「馬場さんでーす」おどけた男の声が聞こえた。
 「ユラリナ、お前ん家、わかりにくいわ! 北向さんと小寺さん、二人してこの辺りでぐるぐる迷ってたんだぞ」俺が駆け付けなかったらどうなってたことか、と馬場は得意気に叫んでいる。

 「いらっしゃい」リナは扉を開け、残る三人を迎え入れた。

 「あれー? 加奈ちゃん、もう来てたんだ」小寺がシュークリームの箱をリナに渡し、脱ぎにくそうな靴を解体しにかかる。

 「小寺、お前早くしろよ。俺の手が限界」コーヒー豆担当の北向は、どうやらコーヒー豆を山ほど買い込んできたらしい。

 「コーヒーに合うお菓子は、基本の焼き菓子に加えて、和菓子や塩系も案外合う。そこで俺の持参したものはこちら!」先に部屋に入った馬場は、クッキーとマドレーヌの詰め合わせ、湯気で湿ったたい焼き、ガトーショコラ、柿の種、食パンを次々と取り出した。

 「なんか、すごいですね。ドラえもんのポケットみたい」リナは半ば呆れ気味で呟いた。

 「そして極めつけはこれ! ロータスのビスケット。これに合わないコーヒーはないです! って店員さんにゴリ押しされてさ」馬場が横に長い白と赤のパッケージを顔の前に掲げる。

 「よかったね」リナは隣でまだほんのり赤い目をしている加奈のほうを向いた。「これだけコーヒー豆とお菓子があれば、真夜中までお茶会できるよ。加奈ちゃん、大忙しだね」

 「はい」ありがとうございます、と最後は消えそうな声で言って、加奈は笑った。

【加奈は毎朝これでドリップする】

Kalita 陶器製コーヒードリッパー 102-ロト ブラウン #02003

【加奈の休日はこれにたっぷりコーヒーを作って、読書するらしい】

Melitta(メリタ) アロマサーモ 10カップ 【3~10杯用・1×4のフィルターペーパーに対応】 JCM-1031

【一年近く眠っていたエスプレッソマシン】

デロンギ エスプレッソ・カプチーノメーカー ブラック×シルバー EC152J

【馬場イチオシのロータスのビスケット】

ロータス オリジナル カラメルビスケット 250g(250g×2袋

あとがき

この物語を楽しんでいただけましたか?
ロータスのクッキーは、わたしも大好きです!

面白かった! ほっこりした! と思ってもらえたら、以下のリンクよりnoteを購入(100円)していただけると活動の励みになります(*^^*)
※内容は同じです

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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