夏に食べたいチョコレートと、ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック

 「さみーっ。裕也、今日は冷えるなあ」

 河上裕太は、上腕二頭筋のあたりを大げさにさすりながら、息子の裕也に声を掛けた。今年小学校に上がったばかりの彼は、最近ようやく大人と会話が成立するようになってきた。

 「そうだね、パパ。ぼく、今日てぶくろするの忘れちゃって、手がかちかちになってたいへんだったよ」裕也が小さな手をこすりあわせ、息をはーっとしてみせる。

 「外、雪降ってんじゃないか? あとで雪だるま作ろうか。もちろん、手袋なしで」裕太はわざと手をガタガタと震わせた。

 「ひゃあ。パパ、そんなことしたら風邪ひいちゃうよ」目の前で息子が頭を抱えた。

 「そうだな。じゃあ、晩ごはんは温まるものがいいなあ」

 「たとえば?」たとえば、だってさ。息子は六歳にして、すでに抽象と具体を使い分けていた。さすが俺の子だ、と裕太は内心得意気に思った。

 「鍋とか」

 「唐揚げがいいよ」

 そんなふうに息子とのやり取りを楽しみながら、キッチンに立つ妻の優里の背中を見やった。妻の背中には、十ヶ月になる長女の美優がくっついていた。

 「何言ってんだ、冬には鍋って決まってるんだ。こうな、あつあつの白菜を豚肉でくるんで、ポン酢で食べるんだ。体の芯から温まるぞ」

 「いつも、ゆげでパパのメガネくもるもんね。それからあったかいお風呂に入って、湯冷めしないうちに布団に入らなきゃね」

 「ちょっと待て、裕也」裕太は額からつうっと汗が流れるのを感じた。

 「これじゃ、意味がない」

 「いみがない?」裕太と同じ形をした額に、汗に濡れた細い髪が貼り付いている。目の前の幼い息子も、裕太に負けないくらい汗をかいていた。

 「暑さをしのぐために寒い想像をしているのに、温まったら意味がないってことだよ。ああ、前よりももっと暑くなっちゃった」裕太は発する言葉全てに濁音を付けて食卓に突っ伏した。木でできた焦げ茶色の素材が、申し訳程度に裕太の頬を冷やした。

 「あんたたち、何やってるの?」ごん、という音が机に響いたかと思うと、氷がこんもりと盛られた涼し気なそうめんが、これまた涼し気なガラスの器に入って出てきた。

 「はい、おそうめんばっかりでごめんね。美優がぐずっちゃって錦糸卵できなかったから、これで許して」そう言って優里が持ってきた皿には、いつもの甘い厚焼き卵、完璧な円を描いたハム、きゅうりの一本漬けならぬ一本洗いが大胆に座っていた。

 「おお、これこれ。夏はこうこなくちゃ」裕太は、椀に入りきらないくらいのそうめんを箸で掴んだ。

 「暑いよね、この部屋。あたしも、美優に触れてる部分にあせもができちゃった」

 「でも美優はこの温度じゃなくちゃだめなんだよね」見ると裕也が氷を顔に塗りたくり、水浸しになっている。この子も暑いのに我慢してくれているんだから、と思うと、優里は息子を怒るに怒れないのだった。

 彼の妹である、十ヶ月になったばかりの美優はまだ体温調節がうまくできない。それに、赤ちゃんの位置は大人の顔よりも下にある。冷気が下に行く法則に従うと、部屋の空調はやや高めに設定せざるを得ないのだった。

 「そう言えば」優里は美優を胸に抱きながら、姿勢を正した。

 「今期もボーナスありがとうございます。赤ちゃんってなんだかんだでお金かかるから、本当に助かる」

 「こちらこそ、いつも子どもたちを守ってくれてありがとう」

 若い夫婦は、ぎこちなく、そしてあたたかく視線を交わしあった。

 「ところでお願いがあるんだけど」裕太は、ここがチャンスと言わんばかりに箸を置いた。

 「何」先程までとは打って変わって、優里は椀から顔を上げずにそっけなく言った。「釣り道具はだめだからね。それに、こんなに暑くて釣りなんて行けるわけないじゃない」

 「いや、もっと実用的なものなんだ」

 じゃん、と裕太は携帯の画面を見せた。

 「風のマットレス……三万!? 却下」値段を見た途端、優里は即座に裕太の願いを切り捨てた。裕太が見せたのは、爽風ファンなるものついた涼し気なマットレスだった。


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 「頼むよ、暑くて暑くて、夜も眠れないんだ」

 河上家は、家族四人同じ部屋で眠っていた。つまり、今は夜の空調も赤ん坊である美優仕様になっているということだった。

 「だめ。二人にはこれからお金かかってくるんだから。無駄遣いはなし。貯金貯金」

 「わかった。じゃあこれでいい」裕太はめげずに、二番候補として考えていたという、一万円の涼シートを見せた。この時、腹にぐっと力を込めて、さらに汗を流してみせることを忘れなかった。

 「うーん、いいよ。まあ一万円なら。あなたが稼いできてくれたお金だし」優里はそう言って、にっこり笑った。


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 裕太は表向きは子どものように、はしゃぎ、腹でにやりと口角を上げていた。この手法は、心理学的に言うドア・イン・ザ・フェイス・テクニックというもので、大きな頼みごとを断ったあとになら、人はそれよりも小さな頼みごとをされたら断りづらいという心理を利用したものだった。実際、裕太の本当にほしいのは、あとに見せたほうのシートだった。裕太はこのように、気付かれないままに密かに妻を思いのままにすることがあった。

 「いいなあ。ぼくも『ぼーなす』で何か欲しい。かき氷つくるやつ」隣で話を聞いていた裕也が言った。

 「お、かき氷か。いいなあ」上機嫌な裕太は、そのままスマホでひょいひょいと検索を始めた。

 「これなんかいいんじゃないの? ほら、チョコレートのかき氷とかできるんだってさ!」

 「チョコレート!?」裕也が嬉しそうに声を上げた。

 「ちょっと見せて。五千五百円? 高っ」裕太のスマホを取り上げた優里が、顔をしかめた。


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 「貸してみな」不穏な空気を感じた裕太は、先ほど見せたものの半額以下のかき氷器を画面に映しだした。これなら大丈夫。例の、ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックだ。


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 「これならどうだ? 安いぞ」裕太は自信満々で言った。

 「はあ? 裕太、高いものの次に安いもの見せたら、あたしがうんって言うと思ってるんでしょ。バカにして。それに何よ、この出汁を凍らせるっていうのは。面倒だったらありゃしない。現代人は甘やかされすぎよ」

 まずい、と裕太は思った。バレている。

 「すまん、裕也。どうやらかき氷はお預けみたいだ」

 「えー、パパの分をやめてかき氷にしようよ」突然、息子が恐ろしい提案を持ち出してきた。

 「それはだめだ。パパが死んじゃう」

 「ねえ」優里が美優におっぱいをあげながら二人の会話に割って入った。彼女の額にも、汗が滲んでいる。

 「チョコレート氷っての、食べたい」と優里は言った。

 そうだった、と裕太は結婚前のデートを思い出していた。優里はチョコレートに目がないんだった。チョコレートを食べる時のこいつ、かわいいんだよ。

 「よし、俺が作ってやるからな」裕太は、妻の気が変わらないうちに注文ボタンを押した。

【お高いですが、サラサラ感がずっと続くそうです】

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【冷房苦手なので、これほしい…】

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【これ、かき氷が好きな人の夢だと思います。マンゴー食べたい】

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【河上家は三人食べるので、追加の容器も買いましたとさ】

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【こっちのハンディタイプもなかなかよさそうですが…。お料理にも使えるそうです】

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あとがき

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毎日あっっっっついので、こういうお話ばかり書きたくなります。笑

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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