健康的な行動は健康を呼ぶのか。〜岩盤浴にて〜

サウナ

 「ちょっと昭人さん、涼しいとこで漫画ばっかり読んでたら意味ないって。ほら、私と一緒にあの一番暑い部屋入ろう」
 今野慶子(こんのけいこ)は、一年前に結婚したばかりの十二歳上の夫、昭人の肩に手を置いた。途端、彼の肩から慶子の両手に熱が伝わってくる。

 「うわ、涼しいとこおるだけやのに、暑いん?」慶子は思わず聞いてしまった。

 「うん。僕はもともと暑がりだからさ。岩盤浴なんてしなくても、他の人が通常の温度でサウナみたいなものなんだって」昭人はなぜか誇らしげに親指を立てた。

 慶子とその夫の渋川昭人(しぶかわあきと)はこの日、揃って近所の岩盤浴ができるスパを訪れていた。誰もが冷房に群がる真夏であるにも関わらず、休日の岩盤浴スパは老若男女問わずそれなりに混み合っていた。慶子がいた大阪にも岩盤浴施設はあったが、結婚して東京に来るまでは行ったことがなかった。

 知り合いのいない土地に来ることがこんなにも時間を持て余すものだとは、正直言って予想外だった。夢であったイラストレーターの仕事が軌道に乗るまで、どこか適当な会社で働こうかとさえ考えていた。

 「私といつもクーラーの温度で喧嘩やもんな。それにしても混んでるなぁ。平日一人で来る時はそうでもないねんけど」慶子は汗で重たくなった岩盤浴着をぱたぱたと仰いだ。

 「な、お昼ごはん食べない? そこのレストラン、ケイちゃんの好きそうな十割そばもあったよ」昭人はそう言って、岩盤浴エリアからわずかに見えるレストランを指差した。

 「ほんまそういうとこだけはちゃっかりチェックしてんねんから。ま、私もお腹空いたしお昼にしよっか。この時間ならレストランも空き始めてるやろうし」

 「二名でお待ちのシブカワ様、お待たせいたしました」
 レストランは、十分ほどで入ることができた。一年経ってようやく新しい姓である「渋川」に慣れてきた。何せ、四十年ものあいだ「今野」の姓と付き合って来たのだ。

 汗びっしょりの冷たい衣服で食事を摂るというのは気が進まなかったが、濡れた手で財布に手を突っ込んで、野口英世をふやけさせる必要はなかった。この岩盤浴施設では、手に装着したバーコードで買い物ができるのだ。
 ぴっ、ぴっ。油断すると、つい買いすぎることになる。

 「わ、イベリコ豚のせいろ蒸しやって。野菜もいっぱいやし、私これにする」慶子はメニューの表紙に大きく掲載されたおすすめメニューに目を奪われ、そのままメニューを開けることなく注文を決めた。

 「じゃあ僕は、この薬味たっぷりの十割そばで。二枚にしたら、ケイちゃんも少し食べる?」

 「え、うん」慶子は昭人の発言に驚いた。メニューには、昭人がより好みそうな『からあげ』『ラーメン』『カツカレー』なども並んでいたからだ。

 「なんかさ」昭人が照れくさそうに言った。
 「こういう健康的なことしてると、生活の他の部分でも健康にいいことがしたくならない?」

 「昭人さんの口からそういう発言が聞けると思わんかったわ。私いま、めっちゃ感動してる」慶子はやや大げさに口を覆って目を見開いて見せた。

 食事を終えてしばらく腹を落ち着かせ、慶子はもう一度夫を例の暑い部屋へと誘った。そこは「暑い」というよりはもはや、「熱い」という漢字を当てたくなるような温度だった。けれど、不思議とサウナのように息苦しくなることはなかった。
 岩盤浴は比較的長い時間入ることができ、まるでホースの内側を水が通り抜けるように、水を飲んだ分だけ体の内側からざぶざぶと汗をかくのだ。はじめてその体験をしたひと月前から、その感覚がくせになってしまっていた。

 「岩盤浴に通ってたらさ、私もっと綺麗になるよな。そしたら昭人さん、もっと私に惚れるな。な、な、な。いや、ここにいるすべての男性が私の虜になるかも」慶子は冗談半分で嬉しそうにつぶやき、昭人の柔らかな二の腕を突いた。

 「そうだね」昭人は左頬にえくぼを作り、にっこりと微笑んだ。「ちょっと心配だな、ケイちゃんかわいいから」

 「はあ?」予想外の反応に、慶子は頬を赤らめた。昭人がこういう人物だということを、ときたま忘れてしまうのだ。四十年かけて培った大阪のノリは、そう簡単には抜けない。
 「ちゃうやん、普通ここは突っ込むとこやで。なんでそうなるん。いま私、ただのイタいおばさんやったやん。あー、はずかし」慶子はぱたぱたと手で顔を仰いだ。

 「だってかわいいじゃんか。ケイちゃん、僕といる時は芸人みたいなことしなくていいんだよ」

 「ちょっと、おみやげ見に行こ」慶子は昭人の腕を掴んだまま、踵を返した。

 「うわ、体に良さそうなものいっぱいやなあ」慶子と昭人は、レストランの目の前にある売店を物色していた。

 「ほら、オーガニックのコーヒーやって。いる?」

 「いや、こっちのナッツにしようよ」そう言って昭人が手に取ったのは、酒のつまみになりそうなナッツの大袋だった。

 「昭人さん、知ってた? 塩味のついてるナッツは、全然体に良くないねんで。こっちの塩味ないほうにしよ。アーモンドもくるみもめっちゃ体にいいもん。しかもこれ、スーパーより全然安いで」
 慶子が東京に来て驚いたことのひとつに、彼らが「安さ」にさほどこだわりを見せないということがあった。大阪に比べて大きく収入の差があるわけではない。けれど、慶子がかつて友人にしていたような「この商品をこんなに安くで手に入れました自慢」は、ここではあまり有効に働かなかった。

 「そうだね。わかった。あ、ごぼう茶だって。美味しいのかな? こういうところには、僕の会社の商品って並ばないんだよね。トクホのやつとかもあるのに。なんか、虚しいっていうか」昭人は昨年の春、勤めている清涼飲料水会社の商品管理統括部長になったばかりだった。

 「まあ、大量生産大量消費的な健康食品と、そうでないものがあるんやろ。日常と非日常の差、とでも言いますか」慶子は棚に並んでいるごぼう茶を手に取りながら言った。そこにはいかにも手づくり、といった雰囲気の老夫婦のイラストが描かれていた。価格も一杯当たりの値段に換算すれば、ペットボトル飲料に比べて高いわけではない。

 「私、もし昭人さんの会社のトクホがここに並んで、このお茶が消えたら結構悲しいもん。だから」そう言って慶子は、隣に並んでいる同様のパッケージも手に取った。

 「このびわの葉茶も買っていい? ほら、『美髪効果』やって。気になるやろ? あと、ドライいちじくも」慶子はわざとらしく昭人の額を見上げた。

 「もちろん」昭人は例の仏のような笑みをたたえて言った。それが購入をねだった慶子への全面肯定なのか、髪の件に対する同意なのか、慶子には図りかねた。

 「もちろん、ケイちゃんの欲しいものを買えばいいし、食べたいものを食べたらいい。君には義務はなく、権利だけがある。覚えておいてね」昭人は慶子の心を見透かしたかのように、そう言い添えた。
 そう言う昭人の言葉に、慶子の胸に温かいものが広がった。それは岩盤浴の効果ではなく、おそらくもっと別なところから出てくる温かさだった。

 幸せだなあ、と慶子は自分自身にこっそり呟いた。私、幸せだなあ。それ以外の言葉が見つからないくらい。

 「よし、今度こそあの暑いところ行こう。あ、もうすぐロウリュウの時間じゃない? あの石にアロマ水かけて、うちわでぶわーって仰がれるやつ。汗、死ぬほどかくから水飲んで行かなあかん」

 「待って」今度は昭人が慶子の腕を掴んだ。彼の手は、すでにわずかに湿っているように思えた。
 「それ、行くから、気合いで行くから、終わったらビール。お願い」昭人はまるでチワワのような目をして、慶子の両目を覗き込んでいた。

 「ぶふっ」慶子はたまらず吹き出した。
 「そば食べてた時の発言はどこ行ったん! おっけー。まあ、健康にも休憩がいるよな」

【ミックスナッツ】
筆者はくるみとアーモンドを毎日いっぱい食べております。(たぶん、いっぱい食べたらアカンと思う)

3種 プレミアム ミックスナッツ(アーモンド40% くるみ40% カシューナッツ20%)無塩 無添加 食物油不使用 1kg

【ごぼう茶】
最近知り合いの家で飲んだごぼう茶が、めっちゃ美味しかったです。

国産の手作り ごぼう茶 2g×50包

【びわの葉茶】

国産の手作り びわの葉茶 3g×40包

【ドライいちじく】
いちじくって、飲み込めないほど苦手なんですが、どういうわけかドライいちじくは好物です。こういうことってありませんか?

オーガニックひだまりドライいちじく 120gx3袋

【キリン一番搾り】
うちの父は、いつもAmazonでビールを買っています。安いし、運ぶ手間もいらないし、最高だそうです。
『500ml』

キリン 一番搾り 生ビール 缶 500ml×24本

『350ml』

キリン 一番搾り 350ml×24本

【わたしがよく行く岩盤浴はここです〜】
鶴見緑地の天然温泉【鶴見緑地湯元 水春】

あとがき

この物語を楽しんでいただけましたか?
最近、岩盤浴にはまっています。

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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