父と娘のサボテン屋

サボテン

(本記事は企業様より依頼をしていただき、制作しました。一番下までスクロールしていただくと、自分のことで精一杯だった二人が回復したきっかけがわかりますが、作者としては作品も読んでいただけますと幸いです……!)

「父さん、これネットショップからのお客さん用のメッセージカードだから」
交瀬亜実(かたせあみ)は、自分に背中を向けて懸命に包装紙と格闘している父に声を掛けた。

「ん? おう。任せとけ。俺の拇印でも押しとくか?」交瀬俊雄(かたせとしお)は、頼りない鳥の巣のようになった頭頂の代わりに、後ずさりを続けている額を娘の方に向けた。浅黒く日焼けした肌に、大きな両目が鋭く光っている。成実と亜実に平等に受け継がれた目だ。

「やめてよ。もう二度と買ってもらえなくなるじゃん」亜実はじろりと横目で父親を見ると、ぷっと吹き出した。つられて俊雄も笑っている。
二人は、ネットショップがメインの小さなサボテン屋を初めて一年が経つ、ごく普通の父娘だった。サボテンというのは意外にも奥が深く、植物になんて全く縁のなかった二人は、いつの間にかすっかりその魅力にはまっていた。

二年半前までは、まさかこんなことになるなんて想像もしなかった。二人でお店をやることになるなんて。二人の関係は、一般的な父娘のそれよりもずっと険悪だった。
その頃、父親の俊雄は勤めていた電子機器メーカーを定年退職して半年を迎えていた。バブルの絶頂期を経験し、その崩壊を目の当たりにし、失われた十年を管理職として過ごしてきた。苦労がないはずはなかった。
俊雄の体重は増え、尿酸値は異常値を示し、髪は少なくなった。十二年間の単身赴任で、生活も乱れていた。けれど、そんなことをいちいち立ち止まって気にしていられるほど、日本経済は暇ではなかった。十二年のあいだに双子の娘たちは小学校を卒業し、中学校と高校を卒業し、思春期を終えていた。部長として俊雄が本社に戻ってきた頃、彼女たちはすでに大学生になっていた。

それでも、俊雄は相変わらず妻と娘のために会社に行き続けた。妻と娘のため、というのはただの大義名分だったのかもしれない。と、俊雄はあとから思った。会社以外に、俊雄の行く場所などなかった。

しかし、ようやく定年を迎えてノルマから解放された俊雄を待ち受けていたのは、ただの虚無だった。忙しくサラリーマンをしていた真面目な俊雄には、それらしい趣味などなかった。朝起きても俊雄には行く場所がなく、やることもなかった。仕事をしようにも、定年を迎えた年寄りを好んで雇いたがるところは少なかったし、俊雄は炎天下で交通整理をする気はなかった。俊雄は、まるで自分が世間から「不要品」のレッテルを貼られたように感じていた。そのようなやり場のない気持ちは、日々フローリングの床に堆積するホコリのように、俊雄の心に積み重なっていった。

一方で、亜実はスポーツ好きで活発な少女に育っていた。成美は亜実と双子であることを時に疎ましく思い、あえて亜実と正反対の格好をし、運動不足の生活を実践していた頃もあった。しかし亜実にとってはそんなことは少しも気にならないみたいだった。大らかでよく笑う、こんがりと日焼けした少女だった。俊雄が十二年ぶりに自宅へ腰を落ち着けた時も、俊雄は正直なところ亜実の方が声をかけやすかった。

そんな亜実の生活に影が落ち始めたのは、就職して一年が経った頃だった。亜実はもともと、生理が重い方だった。高校生の時も大学生の時も、生理が始まって二日間は必ず学校を休まなければならなかった。それでも、ひと月のうちの二日間だけなら、許容範囲だった。体育会系の部活に所属していた亜実は、からだを鎮痛剤でだましだまし練習に参加していた。
しかし、病院勤めのストレスが彼女を襲った。看護師の仕事は、想像以上に大変なものだった。不規則なシフト制の勤務形態、食生活、患者からのセクハラ、毎日のように人の死を目にすること。亜実は、「死にたい」とつぶやきながらひどく泣いたり、家で暴れたりするようになった。その症状がPMS(月経前症候群)だと本人が知ったのは、仕事を辞めたあとだった。単なる抑うつ状態だと思って心療内科に通うだけだった亜実には、適切な対応を取ることができなかったのだ。

会社をやめてから、亜実はからだに気遣った生活をするようになった。睡眠をきちんと取り、再び運動を始め、食生活のバランスを整えた。家にいる亜実が作る料理は、外で働く他の三人の体調も改善させた。そして、俊雄の退職がやってきた。

一つの家族内で精神的につらい状態にある人数の上限は、同時期に多くとも一人までがいい、と職場の上司が言っていたことを亜実は覚えていた。だから、俊雄の調子が崩れだした時、亜実は努めて明るく元気そうにふるまった。自分の中の何かを慎重に奥の方へ閉じ込めて。
その抑圧は、早い段階で亜実のからだから漏れ出してくることになった。亜実は俊雄のささいなひと言で涙を流し、物を投げつけた。俊雄は娘のそんな変貌に混乱し、自身のからだの不調、こころのやり場のなさをそこに責任転嫁しようとした。

「おい亜実、お前いつまでもぶらぶらして、就職するか結婚するかしたらどうなんだ」

「うるさいよ、父さんだって、ずっと私たちの世話を母さんに押し付けて、一人でどっか行ってたじゃない」

「それが育ててもらった親に対して言う言葉か」

「無神経な人はいいよね。そういう性格のせいで、苦しむ人がいることも知らないで」
自分を守ろうとして出る言葉は、相手の心を深くえぐり、同時に自分自身をも傷つけていた。

交瀬家には、それから半年以上暗い空気が漂っていた。
成実がその空気をなんとか取り持とうとしていたが、彼女の糸もぴんと張り詰めていた。そんな成実がある日、勤めているスポーツジムからカプセルのたくさん入った袋を持って帰って来た。

「亜実、パパ、二人ともこれ飲みな」そう言って成実が、袋をひとつずつ二人に手渡した。

「なにこれ」亜実はその日、比較的落ち着いている日だった。生理が終わったところだったからだ。

「プラセンタサプリ。今度うちのジムのショップで取り扱うらしくてさ。いろいろ説明聞いたんだけど、いまの二人にいいなあって思ったから、とりあえず半年分、あたしからのプレゼント」成実は右の頬にえくぼを作って、にっと笑った。亜実にはないえくぼだ。

「お前、またこんな健康食品に金使って。父さんはいらんからな」俊雄は袋を机の上に投げ、ポテトサラダを頬張った。

「ま、いいからいいから。亜実はPMS、パパは男の更年期障害だよ。からだをメンテすると、こころも整うんだから」成実はスポーツジムに就職してから引き締まった二の腕に力こぶを作ってみせた。

「思えば、あれがきっかけだったよね」二年半後の亜実と俊雄は、サボテンに乗せる”Happy Birthday”のプレートを作る作業を一緒にしていた。

「父さんは、あれのおかげだとは思ってないけどな」俊雄はプレートから目を離さずに口だけを動かして言った。

「素直じゃないんだから」亜実はそう言って笑った。結局、あのあと成実に圧されて二人ともプラセンタサプリを飲み始めたのだ。それから俊雄は友人の誘いでサボテンを育てることに夢中になり、どういうわけか今は娘と二人でサボテン屋を営んでいる。

「ま、いろいろタイミングがよかったんだね」亜実は目の前にずらりと並んだ、プレゼント用のサボテンの包みを愛おしそうに眺めた。
人生って、何があるかわからない。サプリのおかげなのか、成実の優しさのおかげなのか、それともただ時間とともに悪い流れが去ったのかはわからない。

けれど今、亜実は確かに幸せだった。

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男性でも更年期ってあるそうです。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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