テラスの地方創生とコナビール

テラス

 「もー、あっつい。どうしてこんな暑い時にわざわざ外でご飯なんて食べなくちゃいけないの?」

 美優は、母親の優里と共に食器を並べつつ、渋りながら西に沈んでいこうとする八月の太陽にさらされていた。
 「仕方ないじゃない。お姉ちゃんがこのテラスにどうしても来たいって言うんだもの。関西の方にも、こういう施設作ってみたいんだって言ってたよ」

 美優と優里がいるのは、住んでいる地域の公民館の屋上だった。最近になって建て替えられた公民館は、その屋上に食事ができるテラスを構えている。市内の住民で営利を目的としないのであれば格安で利用することができ、年配者の集いの場としてしか見なされていなかった公民館には、今や老若男女が集うようになった。

 週に一回は小さなジャズコンサートが開かれ、人気の展覧会などもしばしば招致された。数年前に国をあげて行われた「地方観光強化事業」に乗っかった形だ。国からの助成金がなければ、このような施設は成り立たない。
そのおかげで街が活気づいたかと言われると微妙なところではあるが、それでも住民にとってはあって困るという施設ではなかったため、それなりに歓迎された。

 お盆の初日にあたる今日は、河上家が屋上テラスを貸しきっていた。優里の姉一家が遊びにくることになっていて、美優にとっては伯母さんにあたるその姉の希望で、このテラスで食事を摂ることになったのだ。

 「ま、どのみちうちの家じゃ狭くて里子(さとこ)伯母さんたちと一緒にごはん食べられないけどね。それでももっとあるでしょうに。クーラーの効いた焼肉屋とか、クーラーの効いた寿司屋とか、クーラーの効いた王将とかさあ」美優はわざといやみったらしく言ってみた。

 「美優、冷蔵庫にビールが入っているかもう一度確認しておいて」優里は美優の言ったことが聞こえないふりをして言った。

 「はいはい。あ、なにこれ変わったビール。コナビール? ハワイのビールじゃん! かわいいな」美優は冷蔵庫に入っている、ハイビスカスの造花のついたビールに目を留めた。

 「それ、パパが買ったのよ。今日のために。ほら、お得意のAmazonで」

 「かわいい。いいなあ、のみたーい」

 「あなたはまだダメよ。十七歳なんだから」優里が横目で美優を見た。

 「わーかってるって。あの激高マンゴージュース、買ってくれてるんでしょ? それで十分。まったく、お兄ちゃんの時はお酒の解禁早かったくせに」美優はぶつぶつと言いながら、冷蔵庫の扉をばたんと閉めた。

 一階のほうで父親の裕太の運転する車の音がし、里子たち一家が階段を登ってくる声がした。

 「美優ちゃん、久しぶり! おっきくなったねえ」テラスに足を踏み入れるなり、五年ぶりに会う里子が言った。

 「あのね、里子さん」美優は右の頬をふくらませながら言った。「十七歳の乙女に『おっきくなった』なんて、全然褒め言葉じゃないんだから」

 「あら、ごめんなさい。じゃあ、色気がでてきたわね、に訂正」里子が早速、優里の手伝いをはじめながら言った。

 裕太、優里、裕也、美優の河上家と、里子とその夫(美優は彼の名前をどうしても覚えられない)、三人の子どもたちの上野家が揃い、テラスでの宴会が始まった。その中で一番歳が下なのは、美優だった。美優はいつも従兄弟たちの中で、末っ子のお姫様気分を味わっていた。

 「はい里子さん。ハワイのコナビールと、チーズ。向こうにワインもあるから」美優は、バーベキューコンロで玉ねぎの焼け具合を点検している里子に乾杯セットを持って行った。

 「あら、ありがと。美優ちゃんにお酌してもらっちゃうなんて、わたしも歳取るわけよね」里子は、美優が彼女に会うたびに聞く台詞を、案の定口にした。

 「それにハワイのビール? かわいいお花。日本にいて、海外のビールが普通に飲めちゃうんだねえ」

 「うちも早くお酒飲めるようになりたいなあ」美優は美味そうにコナビールを瓶から飲む里子の喉元を見て言った。

 「あら、すぐよすぐ。何なら、今少し試してみる?」

 「ちょっとお姉ちゃん」三メートルほど離れたところにいた優里が、里子のほうを見てたしなめた。

 「おーこわ。まったく地獄耳なんだから」里子はよく日焼けした顔に白い歯を見せ、えへへと笑った。年齢を感じさせない、若々しい笑顔だった。

 「ね、美優ちゃん」まだチーズの乗った盆を持ったままの美優に、里子が囁いた。
 「美優ちゃん、将来なりたいものとかってあるの?」

 「うーん」美優は少し考えてから答えた。
 「とにかく大学には行くつもり。栄養学勉強したくってさ。うち、お兄ちゃんがすごいアトピーじゃん? でもそれって、お兄ちゃんのからだが弱いってわけじゃないと思うんだよね。今の社会の食べ物のほうに問題があるっていうか。うちのからだにはそんなセンサーはついてないから、ちゃんと学問のほうで勉強しようかと。お兄ちゃんの生活にも役立つかもしれないしね」

 「わーお」里子は目と口を見開いて、大げさに驚いた様子だった。
 「すっごいね。わたし、美優ちゃんぐらいの時にそんなこと考えてなかったよ。応援してるね」そう言って里子は、焼けた肉と玉ねぎを紙の皿に入れ、美優の方へ寄越した。

 「ね、よかったらわたしの仕事のことも聞いてくれない?」里子はこれが本題なのだと言わんばかりに、椅子に深く腰掛けて仰々しく言った。日焼けのせいか、酒のせいか、里子の頬は赤く染まっていた。

 「わたしさ、県庁の観光課ってところで働いてるの。高校二年生だったら、なんとなくわかるかな。ほら、ゆるキャラとか、あとはアイドルとのコラボとか、英語表記対応とか、そういうのをちゃんとして、うちの県に旅行に来てもらうお客さんを増やそうってわけ。でもね、観光って結構奥が深くてね」里子は、美優が聞いていても聞いていなくてもお構いなしといった具合に話し続けていた。

 「観光で気に入ってもらえたら、もしかしたら将来的に住みたいって思う人もいるかもしれないわけ。だから、観光業って、人口流出を抑えて人口流入を促す鍵も握ってるのよ。それで、美優ちゃんのところはこんなふうに公民館をおっしゃれーにしたわけじゃん。これ、行政の観光業界では結構有名なのよ。新しいコミュニティの場になるだろうって。その視察も兼ねてるのよ、実は。でさ、美優ちゃんに聞きたいんだけど」肉を咀嚼しながら聞いていた美優は、「ん」と喉だけで返事をした。

 「旅行する時とかに何があったらその土地に行きたいと思う? 美味しい食べ物、イベント、景色、何でもいいんだけど」

 「うーん」美優は口の中のものを飲み込むあいだ、じっくり考えた。

 美優は、里子のことがわりに気に入っていた。母の優里は専業主婦だし、父の裕太はほとんど家にいない。こんなふうに正真正銘の大人と、大人の仕事の話をし合えるのは楽しかった。

 「その土地の美味しい食べ物って、正直通販で買えるからなあ。今日デザートに買ってある、小樽のチーズケーキとか、今飲んでるハワイのビールとか。別にわざわざお金かけて行かなくたって、買えちゃうもん」

 「え、ルタオのチーズケーキ買ってくれてるの! わたしあれ大好物なんだよね。昔は北海道に修学旅行で行った時くらいしか食べられなかったのに」里子は美優の話を聞いているのかどうか怪しい返答をする。

 こういうところママに似てるなあ、と美優は思った。

 「行きたいイベントがあったらそりゃ行くけど、それって別にそこに行きたいからじゃないよね。イベントに行きたいだけ。どこか他の場所でイベントがあったら、そっちに行っちゃうよ」

 「なるほどねえ。難しいなあ。じゃ、質問を変える。美優ちゃんは、大学に行ったり就職したりしても、ここに住み続けたいと思う?」里子の指が公民館の床のほうを指した。

 「そんなの、わかんない」美優は後方の椅子に座って話し込む両親と、従兄弟の方へちらりと目を向けた。
 「この土地に魅力があろうとなかろうと、別の場所に行くときは行くし。でもママやパパのこともあるしね。そんなの、ここでどんなイベントがあるとか、どんな公民館があるとか、そんなの関係ないよ。少なくともうちにとっては」

 「そうかあ」里子は落胆したようにため息をついた。美優は、自分の答えが里子を落胆させたのではないかと思った。
 「難しいよね、地方創生って。隣同士で単純に人の取り合いをしたって、結局は消耗戦みたいなものだし。そもそもどうして地方に人を呼び込まなきゃならないのか、今いる人を踏みとどまらせなきゃならないのか、なんかわかんなくなっちゃったんだ、最近。留まる人は留まる。いる人はいる。そういうことだよね、結局」

 「仕事って大変だね」美優はどう言葉をかけていいのかわからず、それだけ言って自分のコップにマンゴージュースを注いだ。ジュースのパッケージに書かれている「石垣島産」の文字が、やけに切なかった。

 「ま、いろいろあるわよ。美優も飲めー!」と里子が美優の頭をぐしゃぐしゃと撫ぜ、そこに兄の裕也と伯父が加わった。そうして二人はまた、二度と戻らない夏の夜へと戻っていった。

【コナビール】
コナビールを飲んだことはないですが、海外のビールってなんだかおいしく感じるのはわたしだけでしょうか。

【チーズ】
ワインとチーズのないパーティーなんて、パーティーじゃない! とさえ思ってしまします。

ちなみに、カッティングボードがあると、チーズの盛り合わせがめちゃくちゃ豪華に見えます。

【ワイン】
セットになってるワインは、選ぶのが楽でいいです。そんなにがちがちにこだわらない、カジュアルドリンカーにおすすめ。

【マンゴージュース】
こんな高いジュース、飲んだことがありません。
美優はマンゴージュースが大好きなので、誕生日ケーキの代わりに年に一回、買ってもらえています。今夜は特例です。

【ルタオのドゥーブル・フロマージュ】
言わずと知れた逸品。大好きです。

あとがき

この物語を楽しんでいただけましたか?
最近、外でお酒を飲みたい欲がすごいです。
あまり飲めないのですがね!!

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書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
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