ぼくの父さんはカッコ悪いの?

サラリーマン

小学生くらいのとき、カッコいいお父さんやキレイなお母さんに憧れた経験はありませんか?
わたしは、父がリレーで速く走れる人だったので、幼心に父を得意に思ったのを覚えています。

男子たちが「お前の父ちゃんすげえな!」って言うのもうれしかった。

でも、大人になるにつれ、「ほんとうのカッコよさ」ってだんだんわかってくるものですね。
動物的な感覚で感じた「カッコよさ」に、理性のスパイスが加わって、わたしたちは大人になるのでしょうか。

本編

 「で、これが父さんの制服姿の写真」

 そう言って得意気にカズマが差し出したのは、カズマの父さんがオレンジ色の制服姿でカズマを肩車している写真だった。ぼくとシンちゃんとユタカは、こたつの残り三辺からそれをのぞき込んでいる。カズマの父さんは消防士だった。それをカズマは得意に思っていたし、ぼくたちは、少なくともぼくはうらやましかった。

 ぼくたちは、放課後ランドセルを家に置いてから、よくカズマの家に集まっている。カズマの母さんは働きに出ているから、ぼくたちが使いたい放題なのだ。カズマの家には、ゲームもジュースもあるし、寒い冬にはこたつもある。

 それでもぼくのママはあれこれと気をもんで、いつもぼくにクッキーを持たせたり、「家の物には触っちゃダメよ」と何度もぼくに念を押す。ぼくだって、そういうのはちゃんと「わきまえて」いるっていうのに。

 「すっげー。やっぱかっけえよなあ、カズマの父ちゃんは。オレの父ちゃんみたいに腹がぼよんと出てるわけでもないし、運動会の父親リレーだっていつもぶっちぎりの一番だし」向かいに座るユタカが、ぼくにつばを飛ばしながら言う。

 「それにさ、何と言ってもこないだのマスダさん家の火事のときだよ。京子ちゃんを抱えて火の中から出てきたカズマの父ちゃん、かっこよかったなあ」シンちゃんはほとんどうっとりした声で言う。

 ちょうど一ヶ月前、ぼくのマンションの向かいにある集合住宅で火事があった。ガレージでバーベキューをしていて、火が家にうつったのだそうだった。ぼくの家には車もないし、当然ガレージもないから、ガレージでバーベキューができるなんてうらやましいと思っていた。だから、最初に火事だと聞いたときはちょっとだけざまあみろと思った。

 でも、すぐに後悔した。初めて見る火事は、いつもの火とは全然違った。理科の実験で見るマッチ棒の先にくっついている火とも、ママが料理するときにフライパンの下でおとなしくしている青い火とも。それはまるでアニメで見た主人公の必殺技みたいだった。ぼくたち人間は、すぐにノックアウトされてしまう。そして、それがゲームのようにボタン一つでリセットできないものであるということは、ぼくにもわかった。

 カズマの父さんは、消防士としてそこに出動し、マスダさんの家の娘である中学生の京子ちゃんを「キキイッパツ」で助け出したのだ。それからというもの、小学校ではカズマの父さんの話で持ちきりだ。

 「でも、カズマは心配じゃないの?」ぼくはふと思いたって言った。父さんが火事で死んじゃうんじゃないかとか」

 「男はそんな気弱じゃいけないんだ」カズマは気分を害したように、少しぶっきらぼうに言った。

 「ユウヤの父ちゃんはどうなんだよ。どんな仕事してるんだ?」カズマは代わりに、ぼくに質問を返してきた。

 「ぼくのパパは……」「ユウヤさあ」突然、カズマが怒ったようにぼくを見た。ぼくは自分の言ったことがカズマの気に障ったのかどうか、必死で考えていた。

 「その『ぼく』とか『パパ』とかやめろよ。カッコ悪いと思わないの? ちっちゃいときからマンションが同じだから遊んでやってるけど、ちょっとユウヤと遊んでると、つまんないわ。お前、父ちゃんもぱっとしないもんな。イデンってやつ?」
 カズマはそれだけ言い放ち、ユタカやシンちゃんとゲームの準備をはじめた。

 その日の晩、ぼくはママと二人で夕食を食べた。パパは仕事でいつも遅くて、土日も休みじゃない。その代わりに、水曜日はよく家にいる。

 「母さん」ぼくはチーズチキンを飲み込んだタイミングで、ママに話しかけた。トマトのサラダと、かぼちゃスープには手を付けていないけれど、これは最後に取っておくつもりなのだ。避けているわけではない。

 「えっ」ママは少しおかしな反応をした。
 「どうしたの、突然。もうママって呼ぶの、やめたの?」

 「うん。やめた。カッコ悪いから」ぼくがそう言うと、「母さん」は少し困ったように笑った。

 「ねえ、ぼくの父さんって、何してるの? カッコ悪いの? それはぼくにもイデンしてるの?」ぼくはカズマに言われたままそう言った。

 「どうしてそう思うの?」母さんは怒ったふうでもなく、静かにそう言った。

 「だって、だって」ぼくは言葉に詰まったけれど、何かを言わなければいけない気がして、頑張って父さんのカッコ悪いところを思い浮かべてみた。
 「足は速くないし、あんまり家に帰ってこないし、トマトを食べられないし、ヒーローみたいに人を助けたりしているところも見たことがないから」

 「裕也がパパをカッコ悪いって思うなら」母さんは少し表情を曇らせて言った。
 「そう思う裕也がカッコ悪いって、ママは思う。それは遺伝なんかじゃない。まあ、あなたがパパのカッコよさをわかるには、もう少し大人にならなくちゃいけないのかもね」そう言って母さんは、さりげなくぼくのほうへトマトサラダの皿を寄せた。

 「パパはね、家を売るお仕事をしてるの。裕也が一番落ち着く場所はどこ? なくなったら困るものはなに? 帰る家じゃない? そんな、誰かの帰る場所を、パパは作ってるの。どう? 素敵だと思わない?」

 「わからない」ぼくは消防服を来たカズマの父ちゃんを思い浮かべていた。

 「それにね、パパはたばこをやめたのよ。やめようと思って誰もが簡単にやめられるものじゃない。実は料理だって少しはできるのよ」

 「ぼくだってたばこなんて吸わない」ぼくは少し意固地になっていた。

 「そうね」母さんはふふっと笑った。
 「じゃあ、こう考えてみよう。裕也は、パパが好き?」

 「当たり前じゃないか」ぼくは話の論点が逸らされないように、警戒しながら言った。

 「裕也、カッコいい」母さんはにっこり笑って言った。

 「はあ?」ぼくは意味がわからないのと、恥ずかしいのとが半分ずつの気持ちになった。

 「誰かのことを好きだって素直に言うことは、誰にでもできることじゃないの。それができるあなたは、やっぱりママの自慢の息子だわ」

 「ふうん」ぼくは照れくさくて、もうそれ以上なにも言えなくなった。母さんはずるい。

 「今度のパパの休みにさ、三人で遊園地に行こっか。美優は保育園の延長保育お願いしてさ」母さんは食べ終わった食器を重ねながら言った。ぼくのチーズチキンの皿と茶碗だけは、とっくの前に空になっている。
 「あと、トマトサラダとかぼちゃのスープも食べなさいね。最後のお楽しみに取っといたんでしょう」

 「ぐぬぬ」ぼくはしぶしぶ箸を伸ばした。

 でも、ぼくのこころはどういうわけか、お風呂に浸かったみたいにぽかぽかしていた。

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お好み焼き、焼きそば、たこ焼きだけではなく、パエリヤやチーズフォンデュなども食卓にのぼる。

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次のボーナスでパパが買いたがっている電気無水鍋。予算と、置く場所の関係でママに却下された。
ママ「だいたい、こんな本格的な調理器買うほど料理上手じゃないでしょう」
パパ「何言ってるんだ。料理下手こそ、道具に頼るんだよ」
いつかパパの願いが届きますように。

あとがき

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投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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