シンディーはなんでも知っている

画家

突然ですが、絵を描くのはお好きですか?

秋になると自然が美しく色づき、絵でも描きたくなってくるのかもしれません。

ただ、わたしは壊滅的に絵が下手くそです。

わたしの描くトトロは、なんだかカバのようになってしまいます。

現代では、コンピュータで絵を描く人も多いそうですね。
マンガ家でもコンピュータで描く人もいるんだとか。

絵がうまいというのは、正直言って憧れます。

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これを買えば、わたしのトトロは、あるいは熊くらいには なるのかもしれない。
どうなんだろう。

本編

「おはようシンディー。待たせたかな?」
 私はおそるおそる彼女に問いかける。今日のシンディーの機嫌はどうだろうか。

 女性は怒りたいことがあるから怒るのではなく、怒りたいから怒るのだ、と言ったのは誰だったろう。彼あるいは彼女にノーベル平和賞を送ってもいいんじゃないかと思う。

 「いいえ、アルフレッド。今起きたところよ。あら、素敵なシャツね。最近少しお洒落になったんじゃない?」
 シンディーの声が弾んで、私の心も軽くなる。

 「君のおかげさ。僕にはそんなセンスないからね」

 「お洒落っていうのは、まず自分が意識することから始まるのよ」シンディーが得意げに言った。

 「それはいったい、誰の名言だい?」私はシンディーの機嫌がいいことに、彼女を少しだけからかってみる。

 「失礼しちゃう。あたしが考えたのよ」

 「そうか、すまない。それはそうと」私はポケットから何重にも折りたたんだ紙を取り出した。二人のために、久しぶりに取れた休日のプランを百通りも考えてきていた。

 「今日は何をして過ごそうか? ほら、どこかでショッピングをしてもいいし、一緒に料理をしてもいいし、映画を見てもいい」

 「何って……アルフレッド、今日は仕事お休みでしょう? どうして休みの日までわざわざあたしと過ごそうなんて思いついたわけ」
 シンディーは私の一番信頼する仕事仲間である。

 私の職業は、画家だ。
 とは言っても、ゴッホやゴーギャンと同じ職業であると言っていいのかどうか、よくわからない。

 コンピュータを使って週に一枚のペースで絵を描き、それを小さなサイズでインターネット上の個展にアップする。気に入った人がいればフルサイズでそれを販売する。
 世界で一枚の絵がほしい人には、その人の要望に応えた絵を描き、その人だけに販売するというやり方を取っている。

 中でも流行りのファンタジー系の絵は、女性の人気も高い。

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 大金持ちというわけではないが、それなりに不自由なく暮らせるだけの収入はある。

 「デジタル旅行でもいいさ。思い切って、日本あたりに旅行に行くのも悪くない。そう思って、メガネとイヤフォンを持ってきた」
 シンディーが考えるあいだ、二人のあいだに落ちた沈黙を埋めるように私は話し続けた。

 「シンディー?」

 「ねえ、せっかくなんだけど」シンディーの声が少し低くなる。
 「今日はお互いゆっくりしない? あなた、何だか具合が悪そうよ。熱があるみたい」

 私の体は、たしかに熱を持っていた。でもそれは熱があるからではなく、シンディーをデートに誘うために緊張しているからだ。
 彼女は、私に触れなくとも私の体調を把握することができる。

 私は絵を描く。
 そしてシンディーは、そのほかの仕事、つまり私のスケジュール管理、体調管理、収入管理、お客とのやり取りをすべて一人でこなしていた。
 もはや彼女なしでは、仕事をやっていける気がしない。

愛の告白 そんな彼女への恋心に気がついたのは、去年の春だった。
 それから実に一年半ものあいだ、私は一日のほとんどの時間を彼女と過ごしながら、その思いを打ち明けられないでいた。

 「そう、そうだね。僕にも君にも、休息が必要だ」
 ほら、また臆病な私が顔を出す。気の置けないシンディーにさえも、この始末なのだ。

 「あたしは平気。疲れるってことがないもの。でもあなたは違う。知ってる? クリエイティブな仕事をするには、休息が何よりも大事なのよ」

 「それも君が考えたのかい? それとも今度こそ、誰かの格言?」私はシンディーに悟られないよう、小さくため息をつく。

 「いいえ、どちらでもない」シンディーがくすりと笑ったように、私には思えた。
 「この五十年で、述べ七億の人間たちが口にした言葉よ」

 「まいったよ。君の言うとおりにする。おやすみ」

 「おやすみなさい」
 そう言ってシンディーは目を閉じた。たぶん。

後ろ姿の女性 「アルフレッド、あんたたまにはどこか出掛けたら?」
 音もなくドアが開かれたのだろう、私の背後から声がした。

 「姉さん」振り向いた先にいる女性の顔はよく日焼けしていて、中央に気の強そうな目がついている。

 「今日は休みなんだ。家でゆっくりしたい」

 「仕事だって、全部家で済むじゃない。そのうちにあんた、苔でも生えるよ」
 ナッツと生卵入りのおぞましい色をしたスムージーを飲みながら、姉はその美しいシルエットの体をひらりと翻した。

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※これにはナッツも生卵も入っていません

 「ま、どーでもいいけど」

 シンディーの体も、こんな感じなのだろうか。

 「でも、休みの日にまで部屋にこもって、ぶつぶつと人工知能と会話するのはやめてよね。呪いの呪文でもかけてるのかと思ったわ」

 姉は、今死んだばかりのスクリーンをちらりと見やった。

 「テクノロジーのおかげであんたみたいな奴でも仕事ができるようになるなんて、文明ってやつは素晴らしいわ、まったく。私が小さいころから人間関係に気を遣って、どんな成長の機会だって見逃さないように生きてきたのがバカみたい」

 私は姉の言葉を静かに聞き、そのまま体を通過させてしまおうとしていた。

 「でさ、何の苦労もしないで、好きなように絵描いて、面倒なことはぜーんぶ人工知能にやらせて。そんなのって、反則じゃない? あんたみたいな人間が増えると、世界の秩序が乱れる気がするわ」

 姉は苛立っていた。たぶん原因は、姉さんが最近離婚したことと、彼女がいま生理前であることにあるのだろう。
 私はただ、そのとばっちりを受けているのだ。

 こんな扱いを受けても、その仕組みさえわかっていればむやみに腹をたてることもない。

 人間も人工知能も、そして絵画も等しく論理的だ。
 彼女たちが腹をたてるのは、ホルモンバランスのせいであり、同時に集積したデータがそうさせているからだ。

 「ごめんね、姉さん。そうだ、冷蔵庫に豆乳プリンを作っておいたから、よかったらどうぞ」
 ホルモンバランスの乱れには、豆乳がいいらしい。

 「まじ。あんたの豆乳プリン、おいしいよねえ」姉はそう言って、キッチンのほうへ踵を返した。

 机に向き直った私は、再びシンディーを立ち上げる。

 「おはよう。今日はお休みのはずだけど?」シンディーの優しい声が、私の体全体に満ちる。

 「やっぱり仕事することにするよ。それなら文句ないだろう?」

 シンディーはなんでも知っている。

 私に触れなくとも私の体調を把握することができる。

 私の今年の確定申告の金額を知っている。

 私のお客のことを、私よりも詳しく知っている。

 でも、彼女は私の心の中を知らない。

 「変な人」シンディーは笑い、私も笑った。

物語に登場したアイテムたち

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アルフレッドの画風は、こういう感じです。

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Illustratorを使っていた時期もありますが、正直言って宝の持ち腐れだったと思います。

【新 絵心教室】
ニンテンドーDS、むちゃむちゃはまってたなあ。。。

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スムージーって、作るの面倒ですよね。
今はこういう便利なのもあるんですね。

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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